「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

エピローグ・7≪約束の場所~藤棚の想い~≫

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 神藤が辻川家へ戻り、紗月姫の元に日常が戻って一週間。
 連絡だけは取っていたが、訪問を控えていた学と美春が辻川家を訪れたのは、夏の気配を感じさせる陽射しが眩しい日曜日。
 久し振りに会う二人を、紗月姫は幸せに満ちた笑顔で迎えた。
 彼女の笑顔が以前よりも少々女性らしく淑やかな物に変わっていた事を、学は勿論の事、美春も気付いた事だろう。
 退院後の体調を訊ねた学に、何と神藤は手合わせの相手を願い出た。どの程度回復を感じてもらえるか学に確認してもらいたいというのだ。――だが、それは建前。
 自宅療養中という肩書付きの神藤に、邸の使用人達、並びにお付き達も気を使い過ぎているらしく、彼は以前のような積極的な活動を制限されている。もちろん武術指導や自己鍛錬も禁止されている。
 周囲の気持ちは嬉しいのだが、本人としては少々ストレスが溜まり気味なのだ。

「大丈夫かしら……。まだ戻って来ないわね」
 腕時計に視線を走らせ、美春は鼻で息を抜いた。
「退院してそんなに経っていない人を相手に……、いつまでやっているつもりなのかしら……。学ったら」
 軽い手合わせで引き揚げてしまえば良いのにと、美春は思う。まさか神藤の身体が本調子では無いのを良い事に、心無い仕打ちにまで及んでいるのでは……。
(まさかぁ……。いくら何でも、そんな事……)
 とは思うものの、時々妙に敵対する二人。あり得ない事ではないとも思う。
 すると、ソワソワする美春を見て、紗月姫がクスッと小さな笑いを漏らした。
「大丈夫です。神藤は確かに自宅療養中ですが、そんなに弱って体力が落ちている訳ではないのですよ。きっと二人は、手合わせを楽しんでいるに違いありませんわ」
「――体力? 落ちていないの? 全然?」
「はい。つい最近、死の淵を彷徨った人間とは思えませんわよ?」
「でも、色々と制限はされているんでしょう? どうして分かるの? ――あ、そうか、紗月姫ちゃんにしか使わない体力があるもんね」
「そっ、そんな事っ……!」
 いきなり紗月姫が頬を染めて慌てたので、美春は大きな目をキョトンッと見開いた。
 神藤は日常の様に紗月姫を抱きかかえて歩く男だ。きっと抱きかかえ方ひとつで、彼の体調が万全かどうか紗月姫には分かるのではないだろうか。……美春はそう思ったのだが……。
 どうやら紗月姫は、“違う体力”を想像したようだ。
「……ごちそうさま……」
「なっ、何ですか、美春さんっ、ごっ、御馳走様……ってっ」
 慌てる紗月姫が可愛い。美春は思わず彼女を抱き締めてしまった。

 ザワザワザワッと木々がざわめく。
 暖かな空気を感じて、美春は紗月姫にだからこそ言える言葉を口にした。
「ほら。木も花も、冷やかしているみたい」
 優しい抱擁を受けた紗月姫が、美春に寄り掛かってくすりと笑う。
 二人は今温室へ来ているのだ。
 例の藤棚跡の整備が終わっていると聞いて、その様子を見にやって来た。

 藤棚があった場所に、今は何もない。
 棚は取り去られ、杭が埋められていた場所には新しい芝が植えこまれ、神秘的な光景の名残は欠片も見る事はない。
 いずれ、ここには新しい藤棚が作られる。

「おっ! 女同士で、やーらしいなっ」
 冷やかしを口にやって来たのは、予想通り学だ。神藤も一緒にいる。歩み寄って来た神藤の腕に紗月姫を返すと、美春は「お借りしていました」と肩を竦めた。
「それにしたって、神藤さんは化け物だぞ。事故前と全く変わらなかった。弱ってるだろうから、せっかく苛めてやろうと思ったのに。凄いもんだ」
 どうやら満足のいく手合わせだったらしい。紗月姫の肩を抱いたまま、神藤は頭を下げた。
「恐れ入ります。お相手頂けて、光栄でした」
「あんまり紗月姫ちゃんを苛めないでくれよ? 神藤さんはどう見たってドSだからな。まぁ、とはいえ、紗月姫ちゃん本人は苛められてるとは思わないんだろうから、本人が喜んでるならいいけど」
「かしこまりました。心しております」
「ちょっと! 何の話なのですか、二人とも!」
 
 男同士の内輪話に口を挟み、頬を染めて戸惑う紗月姫を眺め、美春はどことなく懐かしくなる。
 以前まで、ああしてからかわれてばかりいたのは、美春の方ではなかっただろうか。
「お役目交代かしら……」
 何となく後輩が出来たような優越感が訪れるものの、紗月姫は基本的にしっかり者なので、からかえるのは神藤関係だけだろう。
「もぅっ、学さんはっ、……そんなことばかり言って……。あぁっ、神藤もっ。いつまで笑っているのっ」
 
 それでも、“辻川の宝刀”ではない、ひとりの女性としての紗月姫を感じられるようになった事が、美春はとても嬉しかった。


*****


 学と美春が帰った後も、紗月姫と神藤は温室にいた。
 かつて藤棚があった、この場所に。
「そういえば、旦那様に訊かれたよ。……藤棚を植え替える事を、いつになったら紗月姫が許してくれるのか、って」
 いつも藤棚の下に座っていた時のように、同じ場所に腰を下ろし宙を見ていた紗月姫に声をかけると、彼女はくすりと笑って答えた。
「まだよ……、まだ駄目……」
 静かに瞼を閉じ、周囲に漂う“想い”を、紗月姫は身体に感じようと努める。
「まだ残っているの……。藤の想いが……。私にはもうハッキリと感じる事は出来ないけれど、それでも、ずっと見守り続けてくれた藤達の優しい想いが、まだ残っているのよ……」
 ここにはもう、花びらの一枚も残ってはいない。
 けれど、感じるのだ。
 迷宮の中で見続けた、藤の花の残像が。
 二人の運命を見守り、幸せを導いた奇跡の想いが。

 それは神藤も同じなのだろう。彼は静かに膝をつき、後ろから紗月姫を抱き締めた。
「寂しいかい?」
「寂しくは無いわ……。――煌が、いるもの」
 抱き締める彼の腕に手を添え、肩越しに振り向く。二人の唇が重なると、周囲の木々が揺らめき眩しい光が揺れる。神藤の髪が銀色に煌めき、そこから零れた光が紗月姫に降り注いだ。

「煌は……、覚えてはいないでしょうね……」
「何をだい?」
 問い返され、紗月姫は頬を染め彼から目を逸らす。
「……小さな頃の話よ……。四歳だったわ……。藤棚の下で、煌にお願い事をした事があるの……。何も考えず、ただ自分の想いだけを口にした物だったわ……。でも、その時の望みが叶ったみたいで、とても嬉しいの……」
 紗月姫は思い出の内容を口にしない。小さな頃に口にした事柄ではあるが、どこか今の幸せに重なるものがあって恥ずかしいのだろう。
 
 すると、神藤が紗月姫の右手を取り、小指同士を絡めたのだ。
「――指きり、したね。あの時……」
「煌……」

「紗月姫があの時、『ずっと、一緒にいてね』と言ってくれたから、こうして指切りをしてくれたから、私は何があっても紗月姫の傍にいようと、思い続ける事が出来たのだよ……」

 絡めた小指が、互いの想いを伝えあう。
 あれは、遠い昔。
 四歳の少女と、十六歳の少年が交わした、罪の無い約束。
 不可能であるはずだった、願い……。

 咲き乱れ、狂いさざめく藤の中で交わされた、永遠の約束――――。

 ――――ずっと、一緒にいてね……。

 普通で考えるのなら、他愛の無い約束だ。
 だが二人にとっては、心の奥で大切に仕舞われた約束だった。
 忘れるはずなど無いではないか。

「煌……」
「ずっと、……一緒にいるよ……」

 再び振り向いた紗月姫の潤んだ瞳が、銀色を反射して透き通るグレーの瞳を捉える。
 唇を重ね、絡めた指に想いを込めて、果たされた約束を、二人は眩しい光の中で感じ合った。

 運命が二人を導き、出会わせた日のような煌めく光の中で。
 宿命が用意した至福の未来が、やっと今、始まる……。








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後書き

 こんにちは。玉紀 直です
 11部の中で、何度か出て来た「ずっと一緒にいてね」という台詞は、幼い頃、二人が交わした約束の言葉だったんですね。
 こちらでは最後の最後に明らかになりましたが、実は11部の基盤になりました『迷宮の天使』では冒頭に幼い二人が約束を交わすシーンが出てきます。
 長い長い悲恋でした。
 当初、第4部辺りからでしょうか、「このふたりは絶対に悲恋で終わるパターンだ」という感想を多く頂いていたのを思い出します。(^_^;)
 ずっと紗月姫ちゃんと神藤さんの悲恋を応援して下さった皆様、有難うございました!

 第11部、エピローグもラストです。
 最後は勿論、メインの二人。
 いつもエピローグは“未来語り”として一年後の二人が出てくるのですが、今回は今現在の二人が登場します。
 紗月姫ちゃんと神藤さんのように、学君と美春ちゃんにも、大切な“約束の場所”があります。
 ラストはそこから……。

 では、次回!!





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