恋のエトセトラ
アン・ハッピー・ブルームーン(ブルームーンSS)
「今日って、ブルームーンなんだぞ。知ってるか?」
五歩くらい前を歩いていた康太さんが、夜空を指差し、少しお酒が入った機嫌の良い声を出した。
「何、それ?」
ジュースが入った買い物袋が重い。右手から左手に持ち替え、特に興味も無かったけれど一応問い返した。
「何だよ、知らないのか。女なんだから、これくらい知っとけよ」
「すいませんねーーだっ」
ほら、始まった。
「女だから」「女なんだから」これは康太さんの口癖だ。私はこの口癖を、物心ついた頃から聞かされ続けている。
「美羽はちっちゃい時からそうだよな。女の子っぽい事あんまりしなくてさ」
「興味無かったんだもん」
「おまじない、とか、アイドルに夢中になる、とか、ぬいぐるみを集める、とか……」
「うるさいなぁ。そのお陰で、康太さんの話し相手になれたでしょうが」
「まぁ、そうだな。お前、顔は可愛いのに、何だかいっつも弟がいるみたいだった」
ドキリ……と鼓動が高鳴った。でもそれは、良い意味の高鳴りじゃない。だって、ほら……。――胸が、痛い……。
ペタンコのサンダルを引きずりながら歩いていると、涼しい双眸が振り返る。今度は良い方のドキリで鼓動を高鳴らせると、康太さんは中指でグイッとシルバーフレームの眼鏡を上げ、手を差し出した。
「ほら、その袋よこせよ。ホントは重いんだろ?」
「おっ、重くないよ、こんなもの」
「無理すんな。女らしくなくたって、女の力しかないくせに」
……悪かったわね……。
私の手から、一,五リットルのペットボトルジュースが二本入った買い物袋を取り上げ「ほら、行くぞ」と笑う。
康太さんは、もう一つ袋を持っている。そっちにはビールの五〇〇ミリリットル缶が八本も入ってるっていうのに、嫌な顔ひとつしない。
康太さんと、彼の弟。私と姉を交えて、四人で酒盛り中だった。足りなくなったビールとジュースを買いに出たのは、指相撲で負けた私と康太さん。
私達の家は同じ町内で、姉と康太さんが小中高と同級生。私も彼の弟の俊介とは小中高、おまけに現在籍を置いている大学まで同じ学部。そのお陰で、私達四人は昔から仲が良い。だからお互い小さい頃の事も良く知っている。
五つ年上の康太さんは、本当にお兄さんのよう。小さな頃から弟の俊介と同じくらい私に構ってくれた。二十歳になった今でも、それは変わらないまま……。
街灯と係留灯だけが照らす道を歩く私達は、コンビニ帰り。
康太さんと俊介の家から五分。調子に乗って飲み過ぎて姉に注意されていた康太さんには、良い酔い覚ましになったのではないだろうか。
私はお酒が飲めないからジュース専門だ。俊介には「情けねーな」とからかわれるけど、二十歳になったからってお酒を飲めなくちゃならない訳じゃないわよね。
――――短い、ふたりきりの時間だ――――。
康太さんは私の横を歩きながら、もう一度夜空を指差した。
「ほら、美羽、見ておけよ、ブルームーン。ブルームーンを見るとな、幸せになれるんだぞ」
「ホント? 何それ?」
「願いが叶う、っていう話もあるぞ」
「何で? 流れ星でもあるまいし」
「バーカ、流れ星より珍しいんだ。ひと月に満月が二回あるんだからな。大体、三年か五年に一度しかないんだから、そんな物見られたらラッキーで幸せになれそうな気もしてこないか?」
「ふーん、そう言われればそうだけどさ。でも、特に月が青いって訳でもないのに、“ブルームーン”って、変じゃない?」
見上げた夜空。そこには、とても綺麗で明るい満月がある。
本当に綺麗。こんな綺麗な満月を見られたなら、いい事もありそう。
「別に青いからブルームーンっていうんじゃない。滅多にない珍しい現象だからそういう名前が付いているだけさ」
「へーぇ、じゃぁ今月は、二回もお願い事が叶う月が出たって事なんだ?」
話に乗って来たのが嬉しいのか、康太さんは自慢げにニヤリと笑う。
「ふふん。一回目の満月が“ファーストムーン”、二回目が“ブルームーン”だ。だから、願い事が叶う幸せの満月はこっち」
「へーぇ、康太さん詳し過ぎ! 男のくせに、気持ち悪っ!」
わざと大袈裟に言ってみる。すると康太さんは、わざと私に体当たりをした。
「ちょっ、ちっ! 転ぶって!」
「るせっ。女のくせに、そういう言い方すんじゃねー」
「うっさい! 康太さんは男のくせにそういった小ネタにくわし過ぎるんだよ!」
「博識と言え」
「やだよ!」
小さく舌を出すけど、康太さんはアハハと笑って私から目を逸らし、月を見上げた。
「美華に教えてもらったんだ」
ズキリ……。
今度は胸が強く痛んだ。
「お姉ちゃん……、そういう事、詳しいもんね……」
“美華”は私の姉だ。
私と違って、おまじないが好きで、十代の頃はアイドルなんかも好きで、可愛いぬいぐるみなんかは二十五歳になった今でも好きで……。
――昔から女らしい、姉。
「ほら、美羽、ブルームーン、しっかり見ておけよ。……お前も、幸せになれるようにな」
月を見たまま優しく笑って、康太さんは足を進める。
私は少し歩調を弱め、わざと康太さんの後ろを歩いた。
月を見上げる。
綺麗で明るい満月。
今月二回目の満月。ブルームーン。
――――私も、幸せになれる?
誰と?
教えて。
私は、誰と幸せになれるの?
「お前が幸せになったら、美華も安心するだろうしな」
私の幸せを口にする康太さんの口調は、とても優しい。きっと、姉とそんな話をする事もあるのだろう。
月を見上げたまま、私の頬に温かい物が流れた。
今日の満月はブルームーン。
幸せになる可能性をもらえる日。
願い事が、叶うかもしれない日。
「次のブルームーンは、確か三年後だな。その時は、お前にも幸せが来ているといいな。なぁ、美羽」
次のブルームーンは、きっと一緒には見られない。
私が一緒に幸せになりたいと願う人は……。
もうすぐ、私の姉と、結婚する――――。
『アン・ハッピー・ブルームーン』
* END *
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