理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12部・プロローグ

 ←『理想の恋愛 完璧な愛』第12部「前書き・あらすじ・登場人物」 →第1章1(ママになる親友)

「秘書を交換しましょう」
 運命の言葉は、とても穏やかな口調で彼の口から発せられた。
 ライトブラウンの髪を会議室に満ち溢れる採光に晒し、同じ色の瞳を会議用デスクの向こうで驚愕する、光野美春へと向けている。
 彫の深い、優しげだがどこか抜け目のない相貌の口元を僅かに上げ、アラン・ルドワイヤンは、この件に関しての交渉相手である葉山学へと視線を流す。
「どうだろう、マナブ。我がロシュティスと葉山製薬の提携を記念して、いや、事業面研究面での協力と友好を約束する意味として、右腕である第一秘書同士を交換するというのは」
 学の隣に控えていた美春は、無言のまま無表情を作る彼を確認してから、アランの横に控えるアランの女性第一秘書、グレース・ラファランへと目を向けた。
 秘書交換などという話題であるというのに、彼女の表情は変わらない。
 いつも通りのポーカーフェイスに徹し、アランの影のように彼に着き従っているだけだ。

「素晴らしい提案だろう? どうしたんだい、マナブ、いつものように仕事用のお愛想笑いはしてくれないのかい? 君と仲良くやっていきたいと、僕の方から申し入れているのだよ?」
 アランの日本語はとても流暢だ。生まれも育ちもスイスであるはずなのに、その発音には曇りが無い。
 まるで、日本に住んでいた経験があるかのように……。

 アランは椅子から立ち上がり、四人しかいない広い重役用会議室を見回す。そして、壁に取り付けられたテレビ会議用のカメラを見据えた。
「――もちろん、この条件を呑んで頂き、契約が正式に成立した暁には、例の抗体をお渡ししますよ。……葉山会長」
 カメラの向こうには、葉山製薬本社ビル最上階の社長兼会長室で、会議の様子を傍観している葉山グループの会長、葉山一がいる。アランは一に向かって話しかけたのだが、その口調はどこか悪意に満ちていた。
「だが……、条件を拒めば……、もちろん、抗体はお渡し出来ません。……会長の奥様は、一生、あの奇病に侵され続ける。……ミセスさくらを慕っている秘書の坊やも、さぞ悲しむだろう」
 アランにはまるで、カメラの向こうにある光景が見えているかのようだ。
 顔色ひとつ変えず、恐ろしいまでの無表情でモニターを見詰める一と、その背後に控え、悔しさに奥歯を噛み締め両手を握り締める、第一秘書代行の櫻井陸都の姿を。

「代案は?」
 ひと言だけ出た学の問いに、アランは口角を上げ首を横に振る。
「だから君は、上司として“神様のようだ”というんだよ。仕事の為に、部下の一人も犠牲にすることは出来ないというのかい、マナブ? 日本人というのは、そんなに甘い経営者ばかりなのかな? こんな大企業の跡取りである君が、そんな甘い考え方しか持っていないなんて僕は思いたくはないよ」
 最終的には学を擁護しながらも、アランの口調には蔑みが混じる。彼は学と美春が婚約者同士である事実を知っている。承知の上で、この条件を出してきたのだ。
 動揺する気配も見せないままノートブックのキーを叩き、記録を取り続けるグレースの背をひとつ叩いて、アランは学との差を見せ付ける。
「僕は、仕事の為であるなら、例えプライベートで快楽を与えあう関係にある人間でも、利用する事に躊躇いはないけどね」

 一瞬グレースの指が止まった。心が動いたのかと希望を持った美春だが、止まった指はまたすぐに動き出す。
 だが再び背を叩かれ、指は止まる。グレースはノートブックを閉じ、アランに合わせて立ち上がった。
 このままではここで話を終えられてしまう。慌てた美春が立ち上がり、会議室を出ようとしたアランへと歩み寄った。
「待って下さい。専務も申し上げました、……代案を……。社長」
 足を止めたアランは、美春を見詰め、ふと表情に憂いを漂わせた。
「……君には……、アランと呼んで欲しいよ……ミハル……」
「……ですが……」
「代案は無い。ミハルには、僕がロシュティスの日本支社へ社長として就任した時点で、僕の秘書となり……妻になってもらう……」

 ――――衝撃が走った。
 美春に。そして、学にも。
 それは、カメラの向こうにいる、一や櫻井も同じだっただろう。

(……妻?)
 呼吸さえも止めてしまった状態で、美春は身体を固める。そんな彼女の耳元に唇を寄せ、アランは心に溜めた想いを囁きかけた。
「……僕はね、……もう二度と、心惹かれた女性を手放したくは無い。――――エリのように……」

 ぐらりと視界が揺らぎ、美春は床に座り込む。驚いた学が駆け寄り彼女を支えた。
「美春……」
 大丈夫かとも、しっかりしろとも声が掛けられない。学も相当なショックを受けてはいるが、美春が受けているダメージは計り知れないものがあるだろう。 
 美春を庇い労わる学の姿に眉を寄せたアランは、ふたりから目を逸らし足を進める。
「良い返事を待っているよ。マナブ」
 グレースがふたりに一礼するが、学は美春しか見てはいない。そのまま崩れ落ちてしまいそうな美春を支える学。そんなふたりを一瞥して、アランは会議室を出た。

「……美春……」
 学の呼びかけに、やっと美春の瞳が動く。しかし彼女の悲しみに潤んだ藍色の瞳は、愛しい人を見ず、過去の記憶を彷徨い渡る。
 両手だけが彼のスーツを力強く握り、ぶるりと粟立った。

(どうして……、こんな事に……)


 これから襲いかかる運命を回避しようとするかのように、美春は思い出す。

 一カ月前……。
 まだ、未来への喜びだけで満ち溢れていた、夏の日々を……。







人気ブログランキングへ

**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 第12部、スタートさせて頂きます。
 
 今回の第12部は「完結編」となります。
 ふたりの結婚問題や今の関係に決着がつくお話になります。
 いつものように、お休みを頂きながらの連載になるとは思いますが、どうぞ最後まで、宜しくお願い致します。

 通して平和的なプロローグが多い中、どうもおかしな動きから始まりました。
 次から第1章に入りますが、お話は一カ月前、全ての始まりとなった場面からです。
 プロローグは緊迫していましたが、こんな雰囲気ばかりではありませんので御安心下さいね。
 いつも通りのいちゃいちゃしたお話や、艶っぽいお話も入れさせて頂きます。
 どの程度の長さになるか、まだはっきりとは分からない状態ではありますが、お付き合い頂ければと思います。

 宜しくお願い致します!




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【『理想の恋愛 完璧な愛』第12部「前書き・あらすじ・登場人物」】へ  【第1章1(ママになる親友)】へ

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

みわさんへお返事です9/13

みわさん、こんにちは!

 12部、スタートしました!

 ……………………よ、読んでくれてるかなぁ……。
 プロローグがイタかったから、嫌われてしまったのではないかと……。
 もの凄く不安ですが……。

 第1章からしばらくは平和です。^^
 まずはお寛ぎ下さい。……って、くつろげるかーい!(笑)(ノ`△´)ノ ┫:・'∵:.┻┻:・'.:∵

>…やだ、やだ、やだ(T_T)←と駄々をこめてみる。

 きゃぁ、みわさんに駄々こねされたぁ。(///∇//)←おい!

 うーうー、でも、最後には「よし!」って言ってもらえるように頑張ります!

 ………………でも、本音は私も寂しい…………。;;

 宜しくお願いします!!

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【『理想の恋愛 完璧な愛』第12部「前書き・あらすじ・登場人物」】へ
  • 【第1章1(ママになる親友)】へ