理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第1章3(甘い恋人)

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『愛してるよ、美春』
 彼だと分かっているのだから驚く必要も照れる必要もないのだが、やはり電話に応答した第一声が、深いバリトンに囁かれる甘い声では、いくら慣れていても照れざるを得ない。
「……普通は、『もしもし』って言うのよ? 出たのが私じゃなかったらどうするの?」
『美春が出たのかは匂いで分かる。繋がった瞬間、美春の良い匂いがするんだ。甘くて優しい、溶かされそうな匂い……』
「電話なのに?」
 学得意のリップサービスに軽い笑い声を上げるが、彼の声は真面目なままだ。
『早く身体全体で美春の匂いを感じたいな。……俺を溶かして? 美春』
「そ、……それ、……誘ってるの?」
 だんだんと気恥しくなってきた。何となくおかしな気配を察しているのか、目の前の涼香はニヤニヤしている。
『誘ってるよ。今の俺は、俺を捨てて涼香さんの所へ行ってしまった愛しい美春を、彼女の元から取り返す事に必死なんだ』
「……馬鹿っ、捨ててなんかいないわよ」
『捨てたろ? 待っててくれなかったじゃないか。……打ち合わせの最中、俺は涼香さんへの嫉妬の炎に煽られて、妙にエキサイトしてたんだぞ』
「もぅっ……」
 返す言葉を失いながらも、頬は緩み、はにかみが浮かぶ。涼香が時々学に嫉妬しているらしいと教えたら、彼は何と言うだろう。
「そんな炎はさっさと消してちょうだい? それじゃなくても蒸し暑いのよ?」
『嫉妬の炎は消えても、指先が美春に触れた瞬間、違う炎が点くよ』
「あら? じゃぁ、触れない方が良いわね。焼け焦げちゃう」
『涼しいベッドの中で触るから、大丈夫だよ』
 微かな笑いが漏れた。どうやらこれは、涼しい部屋のベッドへのお誘いらしい。
「分かったわ。学の所へ帰ってあげる」
『O,K、じゃぁ、すぐに出て来てくれ』
「すぐ?」
『もう菱崎家の前に到着したから』
「ええっ?」

 打ち合わせを終えた学は、急いで菱崎家までやって来た。
 純日本屋敷を囲む木の塀。まるで武家屋敷のような正面出入口に車を停め、美春に電話をかけたのだ。
 車から降りて待っていた学は、出てきた美春をその場で抱き締めた。涼香が見送りに出て来ているのにも構わず熱い抱擁をし、そして勝利宣言をしたのだ。
「美春を返してもらうよ。涼香さんより、俺の方が良いってさ」

「葉山君から美春を取り上げられる人間なんて、この世にいないわよ」

 楽しげに笑う涼香に見送られながら、ふたりは菱崎家を後にした。


*****


「打ち合わせはどうだった?」
 走り出した車の助手席で、美春は学の横顔を見詰めた。
「そんな大変なものは無いさ。昨日やった打ち合わせの繰り返しだ。……まぁ、再確認、ってやつか」
「……本当は、今日のはずだったのにね」
 美春は訝しげに溜息をつく。平然としているように見えた学の顔に苦笑が浮かんだのは、対向車のライトが眩しかったからだろうか。
「一カ月も前から、準備していたのにね……。ロシュティスの社長を迎える為に……」
 
 スイスに本社と研究所を持つ、製薬会社ロシュティス。
 四年前、まだ走り出したばかりで名前も知られていなかったロシュティスに目を付け「ここは必ず伸びる」と見抜いたのは、当時まだ葉山製薬の専務と社長を兼任していた一だった。
 大学二年だった学と、ロシュティス側に知人がいる大介を視察へ向かわせ、繋がりを作り、学の知識の深さに感銘を受けたロシュティス側の副社長が彼を気に入り、一目置いた事で視察は大成功を収めたのだ。
 新薬の研究開発で驚異的な発展を見せたロシュティスは、その後、僅か二年で世界のトップクラスへと躍り出た。葉山側としては提携契約を結びたいところだったが、一向に交渉は上手くいかない。
 それは他企業、ライバル会社達も同じだったらしく、いつの間にか“難攻不落のロシュティス”とまで噂されている。
 学が入社してこの件を引き継ぐと、彼を覚えていた副社長は掌を返したように友好的になり、去年の春、契約の話は上手くいきかかっていたのだ。
 しかしそんな時、担当が副社長から社長へと移され、交渉は白紙に戻されてしまった。
 また一からのやり直しだ。副社長は学に信頼を置いてくれていたので非常にやり易かったが、社長とは面識が無い。
 ロシュティスと事業や研究の分野で提携したがっているライバル企業は多い。それらと競い合いながら、とうとうロシュティスの社長が葉山製薬のみをターゲットに、視察決行を決定してくれた。
 決定を知らされた一カ月前から、あらゆる質問や希望に応えられるよう準備を進め、そして、本来ならば今日、社長が秘書と共に来日したところを迎えるはずだったのだ。

 だが、その予定は、早朝にいきなりキャンセルされた。

「別に、視察自体をキャンセルされた訳じゃない。月曜には来ると言っている。何か、急用でも出来たんだろう」
 学からこの台詞を聞くのは三度目だ。早朝のキャンセルに、何か自分に不手際があったのではと動揺した美春に学がかけた言葉ではあったが、もしかしたら、学自身がそう思おうとする為の言葉だったのかもしれない。
 信号で車を停めると、学は不安げに眉を落とす美春の頭をくりくりっと撫で、力強い笑みを見せた。
「まぁ、今日が取りやめになったお陰で、美春と週末デートをゆっくり楽しめるんだから、良しとしよう」
 前向きな提案に、美春も笑顔を作る。気になりはするが、今はあまり気に病まない事だ。
「“マニフィーク”のラグジュアリー・スイートを取ってある。せっかくだから、週末はここでゆっくりしよう。週明けからは、デートをしてる暇もないからな」
「随分豪華ね」
「気付にな。高い酒を飲んで勢いを付けるより、高級ホテルのプライベートプールで美春を飲んだ方が勢いが付く」
「やぁねぇ」
 クスクスと笑いが漏れるが、もちろん、嫌ではなかった。







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 やっとヒーロー登場。(笑)相変わらずの甘っぷりです。

 さて、大きな仕事前でしたが、急のキャンセルでふたりには週末デートが与えられました。
 非常に良い事なのですが、ロシュティス側のキャンセルには、ちょっとした理由があったんです……。
 
 ひとまず今は、豪華な週末デートを楽しんでもらいましょうね。
 
 では、次回!!




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