理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第2章1(エリの呟き)

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「午前様になるのかなぁ……」
 ポツリと呟いた声はテレビの音が吸いこんでいく。特に誰かに聞かせたい訳ではない。リビングの中には、いや、光野家自体に在宅しているのは、今現在彼女のみだ。
 壁掛け時計が指し示す二十三時を確認して、光野エリはカスタードクリームが付いた指先をぺろりと舐める。
「んふっ、甘っ」
 シュークリームの甘さに幸せを感じて微笑む表情には、娘時代のような可愛らしさが漂う。彼女は世間でいうところのアラフォー女性であるから、大人の可愛らしさとの表現が正しいだろうか。
 学が常々「美春も、お母さんにみたいに、色っぽいけど可愛い母親になって欲しいな」と希望を述べてしまうほど、美春をそのまま成熟させたような可愛らしさを残す女性なのだ。

 ソファに凭れ掛かり、楽しみにしていた映画の放送が終わってしまったテレビ画面をぼんやりと眺める。目の前に置かれたパイシューは、ほんのひと口食べたに留まっていた。
「大介……、何時に帰ってくるのかなぁ」
 今夜放送の映画は、大介もエリも好きな映画。一緒に観ながら食べようと思い買っておいたシュークリームも無駄になってしまった。
(仕事だし……。しょうがないか……)
 仕事の予定が急遽変わったと電話が来たのは午後だった。
 今日は外国企業の社長を迎える日だと言っていたが、その予定がキャンセルとなり、緊急会議の後に一と飲みに行くと伝えられたのだ。
 詳しい事まではよく分からないが、娘の美春が、入社した時から婚約者の学と一緒に尽力してきた企業の件らしい。
 そんな社長の来日がキャンセルになったなら、美春もさぞガッカリしている事だろう。
「まぁ、学君が慰めてくれているわよね」
 消沈した美春を想像出来るが、彼女の傍にはいつも学がいる。
 美春が泣かないように、小さな頃からずっと娘を守り続けてくれている男性。
 幼い頃から、どんなに学が美春に対して真意に接してくれていたか、どんなに想ってくれていたか、ふたりを見守り続けていたエリにはとてもよく分かっている。
 その分、エリは学を信頼しているのだ。
 そして、大切な娘が、どれだけ学を好きなのかも知っている。婚約をする前も後も、決して順風満帆に過ごしてきた二人では無い。それでも、ふたりはいつでも手を取り合って乗り越えてきた。ふたりが大人になった今、自分が目立ってしてやれる事はないけれど、ふたりのこれからをずっと見守ってあげたいと思っている。
 “娘”というものの母親として、美春を、守ってあげたいと思っている。

 エリはリビングのローテーブルに置かれた洋菓子店の箱を見詰め、鼻で息を抜いた。
 大介は午前様、美春は週末のデートで帰っては来ないだろう。箱の中にはまだ三個のパイシューが残っている。
「冷蔵庫に入れておこう……」
 食べない可能性のある夫や帰って来ない可能性大の娘がいても、ケーキや果物など、家族分を購入する時は人数分買って来てしまう。いつ誰が帰ってきても、どういう状況になっても、家族としての形を成せるように。
 昔から、大人しく穏やかな性格のエリ。彼女は、妻として母親として、家族をこよなく愛しているのだ。

 冷蔵庫へ入れておこうと、箱を手にした時ふと思い立った。
(来年の春には、何個買えばいいのかしら……)
 来年の春、光野家は家族が増える。美春の弟、一真が結婚をするのだ。
 既に婚約者である晶香は短大を卒業するが、一真は大学四年生になる年、まだ学生なのだ。もちろんこの家で同居をする。
 もしも美春が結婚をしていなければ、家族は五人になるのだが……。
「でも学君、今年中に結婚するって言っていたわよね……」
 高三で婚約した二人。あれから六年だ。春に学とじっくり話をした時、「今年、結婚します」と真剣な表情でエリに誓った。
 学は約束を違える男では無い。結婚の為には今の仕事の結果がかかっているとの事ではあったが、きっと成功させて美春に最高の幸せな笑顔を与えてくれる事だろう。
「と、すると……、来年の春も四人家族かしら……」
 それでも、一真と晶香は学と美春に負けないくらいの仲良しだ、すぐに“五人目”の家族が出来てしまうかもしれない。
 そう考えれば、美春にだって……。
「ふふっ、楽しみ」
 ひとりきりで寂しかったのだが、幸せな想像に心が躍る。
 だが想像通りになれば、エリには“祖母”という称号が早々に与えられてしまう事になるだろう。。
(この歳で「おばぁちゃん」もくすぐったいなぁ……)
 学の母親であるさくらは、十六歳で学を産んだ為エリより四つ年下だ。「美春ちゃんがすぐに赤ちゃん産んでも『おばあちゃん』なんて呼ばせないんだから」と言っていたのを思い出し、自分もその案に乗っかろうと目論んだ。

 箱を手にキッチンへ行こうとした時、ふいにリビングのドアが開いた。
 一瞬大介が帰って来たのかと思い笑顔で振り向いたエリは、次の瞬間表情を曇らせる。
「なんだぁ、一真かぁ」
「母さぁぁぁぁぁんっ!」
 軽くあしらわれた悲しさを叫びつつリビングへ入って来た一真は、母のひと言にこの上なくショックな表情を作った。
「何だよぉっ、朝ご飯のお味噌汁残した事、まだ怒ってるの?」
「怒ってないわよぉ、いやーねぇ、お父さんだと思って喜んじゃっただけよぉ」
「それはそれで……、期待外れで、すいませんね」
 コロコロと笑い、悪気なく理由を口にする母を見詰め、仲の良い両親に苦笑する。
「お帰り一真。デートは楽しかった?」
 にこりと綺麗な笑みを見せるエリ。父では無くて少々がっかりされても、大好きな姉にそっくりの母に笑顔で迎えてもらえるのは、自他共にシスコンだと認める彼としてはとても嬉しい。
 父親に似てきた顔に、ニコニコと昔ながらの可愛らしい笑みを浮かべ「ただいまー、母さん、楽しかったよ」と甘えて見せる。いそいそと近付き、エリが手にしている箱に目を止めた。
「あっ、ケーキ?」
「食べる? パイシューなんだけど」
「うん、食べる。あっ、でも、お風呂に入ってからにしようかな」
「え? お風呂、入って来なかったの?」
「……どこで?」
「ホテルとか」
「かーさぁんっ、それは明日の予定っ」

 笑いながら一真の額を弾き、「そこまで報告してくれなくても良いわよ」とエリが笑うと、一真もつられて笑い出す。しかしすぐに笑うのをやめ、首を傾げて問いかけた。
「そういえば母さん、もしかして、これからお客さんとか来る予定ある?」
「今日? あと一時間もしないうちに明日になるっていう時間帯に? 誰が来るの?」
「いや、あのさ、今帰って来た時さ、門の前に人が立ってたんだ。車でそのまま入って来たから声もかけられなかったけど。……なんか、……外国人みたいで……」
「外国の人?」
 エリは怪訝そうに眉をひそめた。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第2章スタートです。またしばらくお付き合い下さいね。

 2章は、まだ第1章の週末の続きです。
 メイン二人がホテルでイチャイチャしていて、サブメインが揃って終えた第1章ですが、菱崎家に晶香ちゃんが帰って来ていたように、光野家には一真君が帰ってきました。
 光野家にたったひとり残っていたエリさん。
 第2章は彼女からスタート。シリーズを通して、エリさんは目立たない存在でした。今回は、とても大切な役目を負ってくれます。

 こんな夜遅く、光野家の前に立っているというには、いったい誰なのでしょうか。

 では、次回!





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