理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第2章7(謎の外国人)

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「エリ……」
「あっ、あ……あの……」
 美春は硬直したまま動けなかった。
 彼女を胸に抱き込むこの異国の紳士は、間違いなく人違いをしている。それは、彼が再度呟いた「エリ」という言葉からも明白だ。
(おっ、お母さんと間違われてる!?)
 
 美春はよく、エリの娘時代に似ていると言われる。写真を見せてもらった事もあるが美春自身も良く似ていると思った。その点は、父の大介のお墨付きだ。
 だが、若い頃の姿を見比べるならともかく、今のふたりを比べてみれば女性としての成熟度も違うのだから、見分けがつかないほどそっくりではないのだ。
(そ、それを間違う、って、どういう事)

「あっ、あのっ、私、お母さんじゃないんですけど……」
 戸惑いながら声を発すると、男性は不思議そうに美春を見下ろした。そして、小首を傾げたのだ。
「……ミハル、……かい?」
「え……、は、はい……」
(どうして私の名前まで知ってるの!)
 名前を知られているのも驚きではあったが、もっと驚いたのは、間違いなく異国の人である男性がとても流暢な発音で彼女の名前を呼んだ事だ。
 だがこれでエリではないと分かり、腕を離してくれるだろう。刹那、安堵感を得た美春ではあったが、その思いは裏切られた。

「久し振りだね! ミハル!」
「きゃぁぁっ!」

 彼は更なる感動を表し、さっきは花束を庇って片腕で抱き締めていたというのに、相手が美春だと分かった途端、花束を手に持ち替え両腕で強く彼女を抱き締めたのだ。
 放してもらえるどころか更なる拘束を与えられ、美春は悲鳴を上げてしまった。

「美春!? どうしたの!?」
 悲鳴まで上がってしまえば、いくらおっとりとしたエリでも慌ててしまうというもの。廊下へ飛び出したエリは、玄関口で感動の抱擁をする彼を一喝した。
「アラン! 美春を放して!!」

 エリの叫び声を聞いて、美春はこの男性が、一真の話にあった例の外国人であると理解した。
(でも、どうして私の事を知っているの……。私、知らない……)
 だが美春の疑問は深まるばかりだ。彼に会うのは初めてなのに、相手は間違いなく美春を知っている。抱き締めて懐かしんでしまうほどに。

「申し訳なかったね。年頃の娘さんに抱きつけば、叱られてしまうのは当たり前かな?」
 エリにアランと呼ばれた紳士は、美春を放して嬉しそうに微笑む。視線を上げ、今にも掴みかかってきそうな形相で近付いてきたエリに、慌てて繕い笑いをして見せた。
「怒らないで、エリ。すまなかったよ、つい、懐かしくてね。――ミハルが、こんなに素敵なレディになっているとは思わなかった」
 まだ状況を呑み込めず、不可解に目を見開く美春の肩を叩き微笑みかけてから、アランは再びエリを見た。
「久し振りに聞いたよ、エリの怒鳴り声。いつも優しく微笑んでくれている人だったけど、そうやって感情を露わにする君も非常にチャーミングだ」
 ちょっと照れてしまいそうな称賛も、サラリと言ってのける。それでも嫌味っぽさは無く、そんな言葉がとても似合っているように感じてしまうのは、彼が持つ異国の雰囲気ゆえか、それとも、言い慣れているのか。
(気障っぽい事をサラリと言えるのは、学に似てるかも……)

 諦め気味に鼻で息を抜いたエリは、クイッと肩を竦めて見せる。
「まさか、昨日の今日で来るとは思わなかったわ。それも本当に『ダンナ様がいない時』にね」
「僕は嘘つきだけど、自分の気持ちには真っ直ぐだよ? ――ダンナ様がいなくて良かった。大切な娘さんに見知らぬ男が抱き付いたとあれば、ただでは済まなそうだ」
 呆然としている美春の腕を取り廊下へ上がらせると、エリは「ごめんね、驚いたでしょう?」と美春をいたわった。
 ふたりの間に薔薇の花束を差し出し、エリの腕に押し付けて、アランは美春に微笑みかける。
「僕を、覚えていない? ミハル」
「え……、あ……、すいません……」
 最初の「久し振りだね」という言葉から考えても彼は美春を知っているようなのだが、美春には全く覚えが無い。
 美春どころかエリにまでこんなにも親しげに接する外国人など、幼稚園の時に英会話カリキュラムで来ていた講師くらいしか思い浮かばないが、講師は女性だったはずだ。

 困惑する美春を見るに見兼ねたのか、エリが躊躇いがちに口を挟んだ。
「美春は、ここへ来る前の事って覚えているかしら」
「前? 引っ越してくる前の事? 覚えている訳ないよ、私、まだ二歳になる前だよ」
 美春の記憶で一番古い物は、この家に引っ越してきて、葉山家で学に出会い、彼にプロポーズをされた思い出だ。
 二歳になったばかりの美春が記憶に残してしまうほど、あの運命の出会いは衝撃的だったのだから。

「アランはね、昔の家にいた頃、よく美春と遊んでくれた人なのよ」
「えぇっ?」
 美春は目を見開く。という事は、昔のご近所さんなのだろうか。
 大介とエリは、結婚してから四年間、ここではなく別の土地に住んでいた。大介は大学卒業後葉山製薬に就職をしているが、本社ではなく地方の研究室分室にいたのだ。
 美春が二歳になった春、大介の本社栄転が決まっていた事を受けてこの家へ引っ越してきた。ただ、あまりにも幼すぎて、美春はその頃の事を覚えてはいない。
「小さなミハルを、よく抱っこして公園まで遊びに行ったんだよ? 膝に乗せて本を読んであげたらそのまま眠ってしまったり読み終えていないのに違う本を強請ったり。……とても、可愛らしい子だった」
 懐かしそうに語られる話を聞いて、美春は恥ずかしくなってきた。自分が全く知らない頃の話題は、何とも歯痒いものだ。

 ふいにアランの大きな手が美春の頬を撫で、顎を掬った。されるがままに顔を上げると、そこに、ドキリとするほど対象物を愛(いつく)しむブラウンの瞳がある。
「あんな小さなミハルが、こんなにも素敵なレディになっているとはね。驚いたよ」
「あ、あの、有難うございます」

 幼い頃の美春を知っているという事は、日本に住んでいた経験があるのだろう。彼の日本語が流暢なのは、そのせいなのかもしれない。
 正体不明だった外国人の身元が分かりホッとしたのか、美春の表情が和んだ。彼女の笑顔を、アランが満足げに見詰める。


 だがエリだけは、そんなふたりを前に、おかしな胸騒ぎを覚えずにはいられなかったのだ――――。







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 後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 謎の外国人。(謎でもない?)光野一家が引っ越してくる前の土地での知人でした。
 彼は美春ちゃんを知っていますが、彼女が知っているはずはもちろんありませんね。
 けれど、エリさんの様子を見ても、彼には、彼とエリさんの間には、まだ何かがありそうです。

 さてさて、気障っぽい外国人の後は、気障っぽい美春ちゃんの王子様がご登場です。(笑)
 せっかくですから“例の場所”からやって来てもらいましょうね。

 では、次回!!





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