理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第2章8(ベランダから王子様)

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 カタン……カタ……カタ……カタン……。
 そんな、とても小気味の良い足音のリズムと共に、彼はいつもやってくる。
「……学……?」
 自分の部屋で、エリに半分貰った薔薇を花瓶に挿していた美春は、手を止めて、半開きになっているテラス窓を振り返る。
 サイドチェストから離れると、窓の外に見える夜闇の中にふわりと人影が横切り、当然のように両開きの窓が開いた。

「ごきげんよう。姫」

 ちょっと気取った口調。夏の夜の温かな風が揺らすカーテンと共に部屋の中へと踏み込んで来るのは、彼女の王子様。例え彼がTシャツとジーンズという、非常にラフなスタイルでも、こんな言葉と仕草がとても板に付いている。
 風が美春に触れるより先に、学の腕が彼女を包む。抱き締められて感じるのは、彼の匂いと温かさ。胸の広さと腕の力強さ。
 ――全て、美春の為にあるもの……。

「ちょっと、来るのが遅かったかな? ごめんな、寂しかった?」

「うん、遅い。構ってもらえなくて寂しいから、寝ちゃおうかと思った」
 まだ二十一時なのだから、これは大袈裟だ。わざと拗ねて学の背中に腕を回す。故意に言っているのだと分かっているので、彼は笑って頭を撫でてくれた。わざと拗ねるのは、甘えたい時の常套手段だろう。
「でも実際は、一真もいないし、お父さんとお母さんに甘やかされ放題だったんだろう?」
「んふふっ、当たり」
 正直な美春の顎を掬い、唇付ける。薄く瞼を開いた視界の端に中途半端にされた薔薇を見付け、何気なく問いかけた。
「良い薔薇だな。お父さんの土産か?」
「あ……、ううん。お母さんの知り合いの人がくれたんだけど……」
 チラリと薔薇に視線を移し、美春は言葉を濁す。例の一件を思い出したのだ。
 美春の記憶には無い男性。しかし彼は、美春を知っている。おまけに、かつてあんなにも、母に対して親しげに接した男性を見たのは初めてだ。
 どことなく母の態度も違う気がした。

「どうかしたのか?」
 ほんの少し美春の表情が曇ってしまった事に、当然学は気付いたようだ。
 彼女の肩を抱いたまま花瓶へと近付くと、飾られないまま置かれている薔薇を一本手に取った。
「薔薇をくれたのは、男か?」
「どうして分かるの?」
「女性が女性へのお土産に薔薇の花はあまり選ばないんじゃないか? 菓子類ならともかく」
「ん~、そういえばそうかも……」
 美春の表情を和ませる事に成功した学は、彼女の頭をポンポンッと撫で、もう一本手に取る。
「でも、お母さんに、薔薇の花を持って会いに来る異性の知人がいるとは知らなかったな。そんな話は初めて聞いた」
「……私だって初めてよ……。でも、外人さんだと、女の人に花を贈るなんて珍しくも無いような気がするんだけど……。思い込みかな」
「外国人? お母さんが、以前、日本語を教えていたフランス人か?」
「フランス人なのかは聞いてなかったけど……、どうして?」
「お母さん、フランス人を専門に教えていただろう?」
 簡単な推測ではあったが、学は自慢げに首を傾けてニヤリと笑う。手にしていた薔薇を花瓶に挿し、もう一本手に取った。

「何だかね、ウチの家族がここへ引っ越してくる前の知り合いらしいの。……私の事も知っていたわ。一歳の時だから、私は覚えていないんだけど……」
 不安げなトーンに、学の手が止まる。美春は気がかりな様子で薔薇を見詰めた。
「私と遊んでくれたって言ってた。……私が、凄く当時のお母さんに似ていたらしくて、最初は、お母さんと間違えられたのよ?」
 美春が一歳なら、エリは二十一歳だ。今の美春は二十三歳なので、曖昧になりかかった記憶の中では、同一人物であるかと見紛う程に似て見えてしまった可能性もある。

 だが、エリと間違えて抱き締められてしまった事は、敢えて口には出さなかった。

「なぁ、美春、それ、いくつくらいの人だ?」
「え? お母さんと同じくらいかなぁ……。外人さんの歳ってよく分からないんだけど……」
「そうか」
 どことなくホッとした表情を作り薔薇を花瓶に挿す学を見て、美春は緩む頬を抑えられないまま彼を覗き込んだ。
「何? もしかして、やきもち妬きそうになったの?」
「当たり、歳の近い“お兄さん”的な存在だったらどうしようかと思った。俺が知らない頃の美春を知っているって事だからな」
「一歳の時の事よ?」
「俺が知らない美春なんて認めたくない。俺自身、美春の全部を知っているつもりなのに」
「凄い自信」
「当然だ」
 学は手に持っていた薔薇に唇付けると美春の胸に当てる。彼の手から薔薇を受け取り顔を上げると、美春の唇にキスが降りてきた。

「ピンク色の薔薇には、“我が心君のみが知る”っていう花言葉がある。俺の心の全部は美春のものだ。そして、俺の気持ちの全部を知っているのも、美春だけだ」
「……学……」                
 身体に沁み渡る学の深いバリトンが、唇の先で囁きかける。再び唇が出会い、しばらく互いを感じてから静かに離れると、美春はふとおかしな事を思い出し、軽く失笑した。

「そういえばね、その男の人、凄く気になる名前なのよ」
「薔薇をくれた人?」
「うん。“アラン”っていうんだって。――この週末、お騒がせしてくれたロシュティスの社長と、同じ名前でしょう?」
「仕事で困惑させられて、プライベートで慌てさせられて、か。……美春のトラウマになりそうだな、その名前」
「ホントだわ。……それとね」
 学の言葉にクスリと笑い、両肩を竦める。
「この薔薇ね、沢山あったのよ。もしかしてお母さんの歳の数だけ持って来たんじゃないかって思って数えたら三十六本だったの。見えなくもないけど、八歳も母親の歳をサバ読まれちゃ、娘としては微妙よね」
「三十六本?」
 クスクスと楽しげな美春に反して、何故か学は眉を寄せる。もしかして笑う方が間違いで、実年齢よりは少なくするのが礼儀なのだろうかと笑うのをやめた美春だが、学は思い直すように苦笑したのだ。
「……いや、フランスには、贈る花の数にも意味があるんだよ。その男性がお母さんの生徒であったなら、“感謝”を表す十二本、若しくは、久し振りの再会に“礼儀”の意味を込めた二十四本が妥当なんじゃないかと思ったんだ。――三十六本は、“愛の告白”に使う数だ」
「愛の……?」
「……まぁ、そこまで気にしない人かもしれないな」
 
 どことなく深刻な表情になってしまった美春を気遣う学だが、エリとアランの異様に親しげな様子を見てしまった後では、あながち冗談にも聞こえない。

 ざわりと、妙な胸騒ぎに全身が粟立った……。







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 後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 相変わらずのカッコつけ君です。(笑)
 もう今回は、後ろから殴られそうなほど、カッコつけさせてあげようと思います。
 大人になってもベランダから入ってくる学君。第1部の時から(派生作品でも)必ずやってますね。
 ふたりのお約束です。^^

 少々意味深な花束に関する話なぞを聞いてしまい、嫌な予感を走らせてしまいますが、ひとまずそれは忘れてもらいましょうね。
 次は、婚約したばかりで幸せいっぱいのカップルに、会いに行く予定なんですから。

 では、次回!!




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