理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第2章9(御機嫌斜めのお嬢様)

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「お久し振りで御座います。学様、美春様」
 わざわざ邸の外へ出て車を出迎えてくれたのは、紗月姫のお世話役、神藤煌だった。
 何ひとつ変わりの無いダークグレーのスーツ姿。曲った様を見た事が無いネクタイは、今日も紗月姫への忠誠心かのごとく硬く首元で結ばれ、誠実な彼の引き立て役を務めている。
 彫の深いエキゾチックな顔立ちは、涼しげな目元が時折空恐ろしいほどの威圧感を放つが、通常その雰囲気を和らげてくれているのが、彼のイメージとは少々かけ離れた柔らかな癖毛だろう。
 堂々とした立ち姿に溢れる気品は、彼の出生が北欧王国の王室であると分かってから、更に増したようにも思える。
 本来ならば、異国の王子という身分に紗月姫の婚約者という立場が重なり、一使用人として従事するなどあってはならない事ではあるのだが、紗月姫が高校を卒業し結婚をするまではお世話役を続けるというのが、彼の希望であり紗月姫の希望でもあった。

「何だか、神藤さんに出迎えてもらうなんて照れるわね」
 学に代わって車のドアを開けてくれたのも神藤だ。彼に取られた手に導かれるまま、手なれた心地良いエスコートに身を任すが、役目を横取りされた学が機嫌を悪くしているのではないかと不安になり、チラリと横目で運転席を窺い見てしまった。
「……王子様に出迎えてもらうなんて、贅沢……」
 クスリと笑ってはにかみ、肩を竦めると、神藤もその端整な相貌に穏やかな笑みを浮かべる。
「お気遣いは無用で御座います。どうか、以前通りにお使い下さい。そうして頂ける事が、何よりも嬉しく光栄で御座います」
 本来の生まれが高貴なものであると分かっても、決して彼は驕らない。揺るぎの無い誠実さに、美春の気持ちも和んだ。

「ごきげんよう、神藤さん。良いのかい? 単独で出迎えになんか出て来て。紗月姫ちゃんの傍を離れたら怒られるぞ?」
 運転席から出てきた学に綺麗な会釈をすると、神藤はわざわざ冷やかしに応えてくれた。
「御心配は無用で御座います。出迎えはお嬢様に頂いた指示です。お嬢様は、お部屋でお待ちですよ」
 それを聞いた瞬間。学の眉が寄った。
「神藤さん、もしかして、紗月姫ちゃん、御機嫌斜めなのかい?」


*****


「だって……、だって、神藤が悪いのですよ!」

 美春は噴き出したい気持ちをぐっと抑え、気持ちに反して身体が行動を起こさぬよう、唇を結んで身を固めた。
 そんな彼女の前には、ソファに膝を揃えて座り、拗ねて下唇を噛んだ紗月姫がいる。
 透けるような白い肌に漆黒の黒髪、憂う儚げな表情は、まさしく“花のように可憐で天使のように美しい”と称されるに値する少女だ。
 秀麗な美しさと凛然とした威厳を併せ持つ彼女、決して他人の前で弱さというものを見せた事が無いところは、従兄である学と同じ気質だ。だが、そんな彼女も、神藤の前では弱さを見せどこまでも我儘になる。それと同様に、学や美春の前では自分をさらけ出し、通常の彼女には見られない一面を見せてくれるのだ。

 たとえば、今目の前でしている、駄々っ子のような一面など。

「てっきり、目も当てられないほどべたべたくっついているだろうと思っていのよ? “婚前旅行”、楽しくなかったの?」
「とても楽しかったのですよ。それはそれはとっても……、え? 婚前りょ……。……美春さん、何て事をっ」
 戸惑いのあまり美春の台詞を聞き逃していたが、どうやら途中で気付いたようだ。強く染まった頬を両手で押さえ、紗月姫は動揺を見せる。
 彼女らしかぬ反応が次々と現れる様を前に、美春はクスクスと含み笑いを止められなくなってしまった。

 紗月姫の部屋に通されたのは美春ひとり。神藤は学に誘われて手合わせに行ってしまった。
 神藤がひとりで出迎えに出ていたのを見て、学がおかしく思ったのだ。彼が出て来ているのなら、必ず紗月姫も一緒であるはずだ。例え外までは出ていなくてもエントランスにはいるだろう。
 だが彼女はいない。部屋で待機をするという別行動を取っている。学と美春並みにいつも一緒にいるふたりが。
 これはどういう事か。
 簡単だ。
 “この”神藤を傍には置いておきたくないくらい、お嬢様は御立腹だという事なのだ。
 「御機嫌斜めな彼女は放っておいて、御機嫌な俺の相手でもして下さいよ。温泉療養の成果を見せて下さい。俺とイイ汗かきましょう?」
 「お嬢様がお聞きになったら『叩き出せ』との指示を頂きそうなお誘いのお申込みで御座いますが、このような事態故、甘んじて受けさせて頂きます」
 こうして別行動になってしまったのだが、「美春、紗月姫ちゃんと、ゆっくり話をしてやれ」と、学は意味深な言葉を残した。


「だって、“婚前旅行”でしょう? まだ結婚前なんだから。四日間もあんな何もない所でふたりきり。何をして過ごしていたのか絶対に聞いてやるって、学なんか張り切っていたのよ?」
「何をして……って……、もぅ、学さんったら……」
 頬を押さえていた手が、テーブルに置かれたアイスティーのグラスに伸びる。照れ隠しにストローを咥えたものの、吸い込まずに一瞬考え込んだ紗月姫だが、意を決して口を開いた。
「だって、……あの、聞いてくれます、美春さん……」
「いいよ。どうぞ」
 美春がにこりと微笑む。まるで両腕を広げて包み込んでくれそうな微笑。美春が癒し系の女性である事を紗月姫も知っているが、学はもっと分かっている。
 彼が神藤に手合わせを申し込み、美春をひとりで紗月姫の元へ行かせたのは、偶然ではない。
 美春の温かさとおおらかさに、尖っているらしい紗月姫の心を晒させてやりたかったのだ。

 紗月姫はチラリと美春を上目使いに見た後、ストローでクルリとグラスの中を回し、恥ずかしそうに理由を口にした。
「神藤……、あまりにもいつも通りなのですもの……」
「いつも通り?」
「療養旅行の間は、……ふたりきりですから……、ずっと“煌”のままでいてくれたのですけれど……」
 徐々に声が小さくなり頬がより染まっていくのは、やはりふたりきりであるが故、ふたりの世界に浸りきっていた甘美な四日間を思い出したからなのだろう。
 “煌のまま”という事は、お世話役の神藤としてではなく、婚約者としての彼でいたという事だ。
 四日間もそんな彼と一緒だったのだから、紗月姫の口では言い表せないくらい甘い日々だったに違いない。

「……帰って来たら、すっかり“神藤”に戻ってしまって……。何というか、全然隙が無いのです……。“煌”の片鱗も見せてはくれないというか……。すっかり仕事モードに入ってしまって……」 

 甘い時間を過ごした後だ。余韻に浸りたくとも、邸に戻れば彼にはお世話役の仕事が戻ってくる。
 紗月姫も分からない訳ではないが、やはり、少し切なかったのだろう……。それが理由で、拗ねてしまったのだ。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 いや、もうね、しょうが無いのですよ。
 結婚するまでお世話役を続けるという事は、主従関係が続くという事ですから。
 十八年間耐えしのぶという荒業を身につけている(笑)神藤さんです。くわえて彼は大人ですから、甘い気持ちにリセットをかけるなんて慣れたものなのでしょうが……。
 紗月姫ちゃんは、拗ねちゃったんですね……。

 美春ちゃんは何てアドバイスするんでしょう?
 第2章ラストです。
 甘い雰囲気で行きましょう。^^

 では、次回!!




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