理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第2章10(至福の時間)

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「それで拗ねていたのか」
 呆れながらも、口元はほころんでいる。
 紗月姫の御機嫌が悪かった理由を聞いた学は、棚から見慣れないレアチーズのデザートを手に取り、商品概要に視線を移した。
「可愛いでしょう? 私、笑っちゃいけないと思いながら口元が歪んで止まらなかったわ。……あっ、学、こっちのロールケーキ、新発売だ」
 こちらも見慣れないロールケーキに目を付け、手に取る。ふたりで「うーん」と商品を見比べるが、当然のごとく両方の購入が決まった。
 コンビニスイーツの新作チェックは、幼馴染時代からふたりのお約束。
 今日のティータイムは、葉山家のパティシエが腕をふるう機会はなさそうだ。

「二種類も食べられるかなぁ……」
「ひとつは夜に食べたって良いだろう? 何だったら、ふたつペロッと食べられるくらい疲労させてやろうか」
「意味深ねぇ……。冗談に聞こえないわ」
 もちろん本気だ。美春もその点は分かっているが、わざととぼけてクスクスと笑い、傍にあった店の買い物かごを手に取り、スイーツ二種類をふたつずつ入れた。「重いだろう?」と訊くまでもなく、学が美春の手からかごを取る。
「軽いから私持つよ?」
「バーカ、こんな重たい物、美春に持たせられるか」
 スイーツ四つが、どれほどの重さなものか……。
 しかし、学が買い物かごなどを手にしている姿は、美春にとっても結構レアだ。その姿をもう少し堪能したくて、彼女はスナック菓子も買いたいと提案し、買い物時間を引き延ばした。

 日曜日の昼下がり。国道のドライブコースにあるコンビニには、客が入れ替わり立ち替わり訪れ、なかなかの大盛況だ。
 目を瞠るような美男美女が、スナック菓子の前で「味が」「お芋の厚さが」と論議している様は、他人が聞けば「そんな事どうでも良いから気になるなら買えば?」と言いたくなるが、そんな言葉も忘れてふたりの姿に見惚れ通り過ぎていく。
 もちろん当人達は、周囲にはお構いなしでふたりの世界だ。

「仲直りしたかなぁ、あのふたり」
 途中で逸れてしまっていた話題を戻し、ポテトスナックを片手にポツリと呟く。横から違う味を手に取った学が、美春の頭をポンッと撫でた。
「大丈夫だよ。アドバイスしてやったんだろう?」
「うん」
「で? 何て言ったんだ?」
「神藤さんが“お世話役”の状態でいられなくなるくらい、紗月姫ちゃんから迫っちゃえ、って」

 唖然とした学の手からスナック菓子の袋が落ちる。
 こんな顔をした学もレアだ。役得とばかりに美春がジィっと見詰めていると、彼は真剣に訊ねてきた。
「ウチの場合は、どうやったら美春から迫ってもらえるんだ?」
「あほっ」


*****


 学と神藤が手合わせを終えて戻ってきたのは、美春と紗月姫が話をし始めて一時間半ほど経った頃だ。
 戻ってくると、美春は早々に学の腕を引き、「じゃぁ、帰るね、紗月姫ちゃん。――神藤さん、また今度。――行くよっ、学っ」と、邸を後にしてしまった。
 ――気を遣ってふたりきりにしてくれたのだと、紗月姫にはすぐに分かった。

(でも美春さん、“お世話役の状態でいられなくなるくらい”って……、どうしたら良いのですか!)
 そんな方法は紗月姫には分からない。早い話が、理性を失うくらい興奮させろ、という事なのだろうか。ストレートに考えると恥ずかし過ぎやしないか。
(美春さんったら、御自分が出来るからといって、誰でも出来るというものではないのですよ!)
 心の中で苦情を申し立てるが、美春自身、それが出来ているという自覚は無い。

 指先で額を押さえ、ふぅっと息を吐く。紗月姫がそんな様子を見せれば、当然のように声はかかった。
「いかがなさいました、お嬢様。お疲れですか?」
 ソファに座る紗月姫の前に跪き、膝に乗っている手を静かに取るのはお世話役の神藤。
 以前は、彼がくれるこの特別な優しさに触れるだけで満足だった。けれど、身体を繋ぎ気持ちを通じ合わせ将来を誓い合う間柄になると、心はどんどん贅沢になり、いつでも“煌”の愛に触れていたくなる。
 “神藤”でいる彼が嫌なのではない。幼い頃のまま甘やかしてくれる彼も、大好きで大好きで堪らない。けれど、婚約者同士という関係でもあるのだから、そんなにも従者に徹しなくても良いではないか。――心が、そんな我儘を言うようになってしまっていた。

「神藤……」
 だが、神藤を困らせるという事は、“煌”を困らせるという事……。
 紗月姫は小首を傾け、憂いを漂わせた。
「今日は……、ごめんなさいね……」

 神藤の瞼がピクリと動く。彼の変化には気付かず、紗月姫は心のままを口にした。
「私……、こんなにも神藤に想ってもらっているのに、違う気持ちも欲しいと思ってしまったの……。ごめんなさいね……」
 紗月姫は神藤に取られていた手を外し、身を屈めてふわりと彼の頭に腕を回すと軽く抱き締めた。

 ただでさえ、紗月姫から神藤に謝るなど滅多にある事ではないというのに、こんな表情でこんな態度を取られてしまっては神藤の心はぐらつくばかりだ。

 謝ってみた紗月姫ではあるが、微かに拗ねた声が神藤の耳元で苦情を述べる。
「でも、神藤……、約束違反よ。ふたりきりでいる時間は、勤務時間中であっても“煌”に戻ってくれるって、約束していたのに……。嘘つき……」
 旅行から戻ったばかりの昨日も、ふたりきりになる時間はあったのに、“煌”に戻ってくれたのは勤務が終わる二十二時を過ぎてから。今日にいたっては一向に戻ってくれる気配が無かった。
 それで紗月姫は、余計に拗ねてしまったのだ。

 神藤を抱き締め身体を焦れさせると、彼の両腕が紗月姫の身体を抱き締める。
「――悪かったね、紗月姫。……こんなに寂しそうな声を出させてしまって……」
「……煌?」
 口調から、彼が婚約者モードになってくれた事が分かる。嬉しくなってキュッときつく抱き付くと、中腰に立ち上がった煌が、静かに紗月姫をソファに横たえ、身体を重ねながら唇付けた。
「謝った紗月姫、とても可愛らしかったよ。あんな顔、私以外の男の前でしてはいけないよ?」
「……しないわ……、する訳が無いでしょう……。あなた以外に許しを請いたい男性なんていないわ……」

 唇付けにはにかみ、ピンクに染まる頬。
 今まで浮かんでいた憂いは無く、可憐な可愛らしさに煌の表情は和む。
「どうしようか……。本当に……、毎日紗月姫を見ているのに、愛しい気持ちは萎える事無く深まるばかりだ……。――療養旅行で幸せな時間を貰い過ぎて、邸に戻ってからなかなか気持ちの切り替えが出来なかった。……強く律する事で、緩んでしまった自分を引き締めていたつもりだったけれど、……それは、紗月姫を悲しませてしまう事だったようだ。……謝るのは私の方だよ。ごめんね、紗月姫」

 煌の気持ちを知って、紗月姫は安堵する。
「煌……、大好きよ……」
 可愛らしく囁く唇に、愛しさの唇付けは繰り返された。

「私の天使。愛しているよ」

 愛の囁きを心に沁み込ませて、紗月姫はほわりと微笑む。
 煌の背後にある昼下がりの陽射しが、彼の髪を銀色に輝かせ、紗月姫はその銀綿に手を添えて心地良い幸せに酔った。

 そしてふと、美春が言っていた“お世話役ではいられなくなるくらい迫る”という行為に、自分は成功したのでは……、と考えようとした。
 ――――が、今はやめよう……。

 今はこの、至福の時間を、ふたりで感じ合っていたいから――――。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 主従カップルの幸せをお見せして、第2章ラストです。

 買い物かごを持つ学君。……想像して噴いたのは、きっと私だけではないと信じてる。(笑)
 以前、信君とコンビニに買い物に行く話で、小銭まできちんと出す学君にウケて頂いた覚えがあります。
 いつかふたりに、買い物かご持ってスーパーにお買い物に行かせたい、なんて考えてしまいました。(ちょっとした野望)

 少々気になる外国人との出会いはありましたが、平和な休日が過ぎて行きました。
 そして週明け、ロシュティスの社長が来社します。
 さて、何が起こるのでしょう……。

 第3章も、どうぞお付き合い下さいね。

 宜しくお願い致します!

*第3章は、10月21日からになります。





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