理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第3章3(新婚・柳原家)

 ←第3章2(ふたりの関係性) →第3章4(異国の人)

「おはようございます! 早朝出勤、お疲れ様です!」
 “朝からしんどいなぁ”、“週明けから忙しいなぁ”、休日明けの仕事は何故か気が重い。そんな経験を、誰しもが持っているのではないだろうか。
 だがそんな気分を一掃してくれる人物が、この葉山製薬本社ビルには存在する。
「元気だねぇ警備員さん、朝っぱらから」
「はい! 自分、それを自慢にしております!」
 彼の元気の良さに、微妙な嫌味が出てしまった中堅男性社員。しかしエントランスの名物警備員、柳原仁史の屈託ない笑顔に思わず失笑する。
「じゃぁ、オレも頑張るかぁ」
「はい! 頑張ってください!」
 男性社員はハハハと笑い声を上げ、エレベーターホールへと歩いていく。その後ろ姿を見送り、柳原はエントランスの正面入り口から外へ目を向けた。
「詩織ちゃん……、まだかな……」
 彼は勤務体勢でいながらも、夜勤だった夫に朝食用のお弁当を作って来てくれると言っていた妻を待っているのだ。

 柳原が、美春の同僚である秘書課の詩織と結婚したのは今年の四月。まだ三カ月の新婚さんだ。
 がたいが良く、硬派で真面目な彼。エントランスに響く元気な挨拶の声を知らない社員はいないだろう。
 数年前、本社ビルで起こった不審者事件で学や美春と知り合った。その頃はまだふたりが学生であった為、学を「坊ちゃん」美春を「お嬢さん」と呼んでいたのだが、その癖が抜けないままにふたりが入社。当初よく美春に注意を受けた。「仕事中は『専務』、私のことは『光野さん』って呼んで下さいね」と。
 流石に呼び分けは出来るようになったが、それでも時々、気を抜くと「坊ちゃん」「お嬢さん」と呼びそうになってしまう。

 彼はまだ知らないが、柳原の誠実さをとても気に入っている学は、そのうちに葉山邸の専属警備員として彼を迎えたいと考えている。
 いつか産まれるであろう自分の息子、未来の葉山グループの跡取りのボディガードになって欲しいと思っているのだ。

  
 柳原は腕時計で時間を確認し、いつもの立ち位置から外の通路へ視線を走らせ、まだ見えない詩織の姿を探した。
 「仁史君の好きな、しょっぱーい鮭入れたおにぎり作っていくからね。朝ご飯、コンビニで買ってきちゃ駄目だよ?」そんな電話が詩織から入ったのは昨夜のこと。
 新妻に、ふたりきりの時にしか出さない可愛らしい声でそんなことを言われてしまっては、彼女の表情まで想像出来る新婚の夫は、つい鼻の下も伸びてしまうというもの。しかし傍で先輩警備員がニヤニヤしながら彼の様子を見ていたので、柳原は伸びそうな鼻の下をグッと抑えた。
 ……が……、「おかずのウインナー、タコさんにしていい? カニさんがいい?」連続投下される新妻の素敵な爆弾発言に、彼の鼻の下が崩壊したのは言うまでもない。

(詩織ちゃんは可愛いから、しょうがないんです!)
 心の中で誰かに言い訳をしつつ、柳原は伸びそうな鼻の下を指でこする。
 仮眠明けに髭の手入れをしたはずなのだが、少々手を抜いてしまった部分があったらしく指先にチクリとした感触を覚えた。詩織に見つかったら「仁史君、だらしないぞっ」と笑いながら、指先で抜かれてしまうだろう。――それを考えると、ついまた鼻の下が伸びそうになる……。

(いけない、いけない、気を引き締めなくては……)
 浮かれ過ぎているかもしれないと気を取り直し、柳原は深呼吸をして警帽を被り直し、背筋を伸ばす。
 週明けの今日は、学や美春、社長一行も早朝出社をすると聞いている。
 おまけに今週は、大切な外国の取引相手も来社をするはずなのだ……。


*****


「ロシュティスの社長、いつ頃来るのかしら……」
 会社に近くなってくると、今まで隠れていた不安が顔を出し始める。美春は小さな溜息をついた。
「家を出てくる時までは連絡は入っていなかった。だが、こっちには来ているからな……、いつ会社に来ても不思議じゃない。まぁ、気を抜かないようにしよう」
「はい……」
 不安を取り除いてくれそうな言葉ではあるが、学の口調は真剣そのものだ。おのずと美春の返事も緊張した。

 本社ビルを目の前に、美春は歩道を歩く見慣れた後ろ姿を発見した。学も気付いたらしく、歩道側に車線を変更してハザードを上げ、スピードを落とす。
「詩織ちゃん!」
 助手席の窓を開けて声をかけると、柳原詩織は驚いて振り向いた。
 一瞬黒塗りの大きな車に驚いた彼女だが、助手席の窓から顔を出しているのは仲良しの美春だ。すると不思議なことに“黒塗りの大きな怖い車”は“よく見かける専務のレクサス”であると脳が認識をし、詩織はホッと胸を撫で下ろした。

「おはよう詩織ちゃん、早いね」
「おはよう。うん、仁史君が夜勤だったから、朝ご飯用のお弁当持って来たついでに早朝出勤」
 ショルダーバッグとは別に持った、チェック柄の保冷バッグ。顔の横に掲げエヘヘと照れ臭そうに笑った詩織は、美春の横で微笑ましげな表情をする学に気付き、慌てて緩んだ顔を引き締めた。
「おっ、おはようございます、専務!」
「おはよう、詩織さん。良いですねぇ、新婚さんは。お弁当はおにぎりかな? 中身は柳原君が好きな、塩辛い鮭ですか?」
「せっ、専務っ、エスパーですかっ」
 詩織は思わず一歩引いた。大当たりだからだ。
 赤くなり青くなる彼女を見ながら、学はクスクス笑う。
「柳原君が言っていたのですよ。夜勤明けは、“おつかれさま”だから、塩辛い鮭が入ったおにぎりを作ってくれる、って」
「あ……、そ、そうなんですか……」
 詩織は本気で驚いていたようだ。元々少々そそっかしい性格の彼女だが、どことなく驚き方が柳原に似てきたようにも感じる。
(夫婦は似るっていうもんね……。何か分かるわ)
 微笑ましい苦笑を浮かべる美春だが、そういう彼女だって、学と恋人同士になってからはより一層彼に影響を受け、考え方や行動が変わった事実に、気付いているだろうか……。







人気ブログランキングへ

**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 すいません、例の人、まだ現れてくれませんでした……。(^^ゞ
 柳原家は幸せそうですねぇ。
 本編貴重なスローペースカップルとは言っていましたが、すっかり詩織ちゃんも新妻です。^^

 美春ちゃんも変わりましたが、最初の頃に比べたら学君もとても成長したと思います。
 1部2部の頃は、とにかく、『暴れん坊将軍』でしたものね。^m^
 ここには第7部からしか公開していないので、投稿サイトに読みに行って下さった方が、「学って昔、こんな男だったんですか!」って驚いていたのを思い出します。(笑)

 さて、早朝の本社ビルに、一台のタクシーがやってきますよ。
 乗っていたのは……。

 では、次回!






もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第3章2(ふたりの関係性)】へ  【第3章4(異国の人)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第3章2(ふたりの関係性)】へ
  • 【第3章4(異国の人)】へ