理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第3章5(新婚・櫻井家)

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「お仕事戻らなくていいの?」
「いい」
「光野さんに見つかったら、『私にはうるさいくせにぃ』って拗ねられるわよ」
「拗ねさせとけ」
「さくらさんに見つかったら、無言でにっこりされるわよ? 『微笑ましいわねぇ』って」
「……それは怖いな」
 美春には何を言われても鼻であしらえる。しかし、相手がさくらとなるとそうはいかない。
 葉山グループ会長を崇拝し、その第一秘書であるさくらを尊敬する彼、櫻井陸都。会長付きの秘書事務でありながら学に気にいられ、“専務のお傍付き”の肩書きを持つ。その冷静で堅実な行動力は、時に学さえも閉口させ、厳しい扱きで美春を半泣き状態にしてしまうほどの完璧なエリートだ。しかしその実、少年時代はとんでもない不良少年だった事実もあるのだが、それは学の関係者のみが知る秘密だ。

 そんな彼も、今年の三月に結婚したばかり。
 妻の冴子は、会社の医療課処置室の養護員。櫻井よりも五つ年上の姉さん女房。
 ふたりが知り合ったきっかけといえば、櫻井が高校三年の時に、冴子が保健室の養護教員をしていたことからといういわく付きの間柄だ。

 冴子は現在妊娠五カ月。悪阻も治まって、安定期に入った。
 三十五歳の初産に不安はあったが、櫻井や周囲の人間に支えられ、幸せな妊婦生活を謳歌している。産休を取るつもりではいるが、出産ギリギリまで働く予定だ。
 彼女的に今日は特に早朝出勤をする必要もなかったのだが、夫がするというので付き合って出社してきた。
 処置室で片付け物などをしようと思っていたのだが、櫻井が秘書課のオフィスにも戻らずに居座っているので、仕事をしようにも出来ない状態なのだ。

「でも、そろそろ専務達も出社してくるんじゃない?」
 壁側の黒い寝椅子に足を組んで座り、大きな態度で居座る櫻井の前に立っていた冴子は、ゆっくりと手を引かれ彼の膝に座らされた。
「もう少しかな。いつもの時間なら」
 冴子の肩から白衣の襟を辿り、櫻井の手は妊娠してから更にふくらみを増した胸の上を弄る。
「じゃぁ、仕事に戻らなきゃ」
 妻としては手慣れたものだ。夫の手をぺしっと叩き、ニコリと笑って見せる。だが悪戯を咎めた手を掴み、櫻井は冴子に顔を近付けた。
「まだいいよ。冴ちゃんの顔見てたいから」
 我儘な年下夫を冴子も否定はしない。目を閉じて心持ち顔を傾けた……その時。

 処置室の内線電話がけたたましい音を立てたのだ。
 実際にはそれほど大きな音ではないのだが、今のふたりにとっては邪魔以外の何物でもない。
「りっくん、電話に出させて」
「無視しろよ」
「嫌よぉ……。可愛い新入社員が『おなか痛いよぉ』って泣いてる電話だったらどうするの」
「分かったよ」
 渋々離れた腕から逃れ内線電話を取った冴子だが、電話の相手は可愛い新入社員ではなかったうえ、彼女は受話器を持ったまま櫻井を振り返る。
「りっくん、電話」
「……俺?」
「うん、警備の柳原さんから」
「はぁ?」


*****


「櫻井さん、ぜーったい処置室にいるって思っていたんですよ。そう簡単に秘書課には戻らないだろうって。だって、この時間帯に社員さんは処置室に来ないでしょうし、そうなれば仕事前の気つけに奥さんと一緒にいたいだろうなって」
 間違いではない。
 しかし何故それを柳原に分かるのか、というのが疑問だ。
 柳原にエントランスへと呼び出された櫻井は、処置室の一歩手前まで迎えに来ていた彼と共に正面入口へ向かっていた。
「で? 柳原君、それは誰の入れ知恵なんだい? 君がそんな風に考えるとも思えないが?」
「アハハ、分かりますか? 実は光野さんに『櫻井係長は姉さん女房にベタ惚れですから』って話をされて、その時にそんなような話を聞いたんですよ」
「ふーん、光野女史が……」
 ニコリと笑顔の櫻井ではあるが、彼の頭の中では、美春が泣いて喜ぶ“光野女史指導プログラム”の強化が図られていた。

 美春への報復に胸を躍らせながら、櫻井は柳原に用件の再確認をする。
「その外国人の客っていうのは、ずっと外に?」
「あ、はい。タクシーが行ってから外で立ち話をしています。話しかけたいんですけど、失礼があったら何だし……」
「賢明だ」
 こんな早朝に誰だろう。おかしな予感に捉われつつも、櫻井はネクタイを締め直す。
 正面入口へさしかかると、確かに年齢的に彼よりも年上であろう男性と、同年代かと思われる女性が外で立ち話をしている。
「何の用なのか訊いて来るよ」
 柳原の羨望を背に、外へ出ようと足を踏み出しかけた櫻井だが、彼の動きはそこで止まった。
 何故なら、ビルの前に学のレクサスが停まり、助手席から素早く美春が降りてきたからだ。
(出る幕もないな)
 対応は美春がする。手に負えない様子だったら出ていけばいいのだろうが、学が一緒なのだから余計なことかもしれない。
 自分の出番は無くなったと苦笑いをして肩で息を抜いた彼だったが、次の瞬間、彼だけではなく柳原も表情を驚きに固めた。

 異国の男性が、いきなり美春を嬉しそうに抱き締めたのだ……。


*****


「え……、あの……」
 美春は戸惑いと驚きを隠せない。
 この男性は間違いなくアランだ。エリの知人であり、意味深な花束を持って現れた男性。
 その彼が、何故ここにいるのだろう。
 いや、そんな疑問よりも、美春が心配なのは学の反応だ。
 何と言っても彼女は今、学以外の男性に抱き締められている。ただでさえ、他の男が美春に触っただけでやきもちを妬くような男なのに、見知らぬ男に抱き締められているこの姿を、いったいどんな気持ちで見ているのだろう。

 美春は恐る恐る学を盗み見る。そして、視界に映った彼の表情に息を止めた。
 運転席から降りた学は、無表情でこの光景を見詰めていたのだ。
(……おっ、怒ってる……?)
 しかし学は数歩歩み寄ってくると、右手をアランへと差し出した。そして、何も感情を表していなかったその顔に、笑顔を繕ったのだ。

「お待ちしていました。ルドワイヤン社長」







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 新婚さん・その2.櫻井夫妻。
 姉さん女房の冴子さん。こちらも涼香ちゃん同様、妊婦さんライフ満喫中です。
 櫻井さんは相変わらず冴子さんにベタ惚れですねぇ。良い事です。^^
 柳原さんの罪の無い(?)告げ口は、美春ちゃんも予想外でしょうね。

 そして誰もが驚く、美春ちゃん抱擁事件。(事件?)
 学君の前で美春ちゃんを抱き締めるなんて、何という地雷行為!
 ひとまず笑顔で握手を求めた学君は、相手が誰なのかすぐ分かったようです。
 でも美春ちゃんはまだアランの腕の中。彼は無下には出来ない相手です。
 どう取り返す?

 では、次回!!






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