理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第3章8(目標とする女性)

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「週末に準備はしてあったから、資料も揃えてあるし……、会議室に運んでおいた方が良いですね」
 ファイルを抱えた美春が踵を返す。まずは視察スケジュール通りに予定を進めても良いか確認を取らなくてはならないが、その後の会議に備え、重役用会議室に指定されていた資料を運ぼうとしたのだ。
 しかし彼女の足は前には進めなかった。それどころか、持っていたファイルを全て落としてしまったのだ。

「せ、専務? ……学?」
 それは急いで準備を進めている美春の後ろに立った学が、彼女が振り返った瞬間抱き締めてきたのが原因だ。
「どうしたの……、あの……」
 戸惑いは見せるものの、その理由は何となく分かる。言葉も無く、苦しいくらいに美春を抱き締める原因は、恐らくさっきのアランなのだ。
「今すぐ美春をバスルームに投げ込みたい気分だ」
「学……」
「……美春から、別の男の臭いがする……」

 美春は学に身体を預け、彼の背に腕を回した。
「じゃぁ、消えるくらい、抱き締めて……」
 深く学の胸に抱かれ、美春は「ごめんね」と呟いた。
 美春から自分以外の男の臭いを感じる状況を、学が嫌がるのはいつものこと。それは昔からであり、ふたりが恋人同士ではなかった頃からだ。
 他の男の香りを纏ったばかりに、“お仕置き”を加えられた事もある……。

 アランの件は不可抗力だ。
 美春が望んだわけではないし、第一アランが離してはくれなかった。勿論立場的に、美春が突き離す訳にもいかなかったのだから。
 学が気分を害しているだろうと気付いてはいたが、あの状態では離してくれるのを待つしかなかった。

「後で、櫻井さんに礼を言っておかなくちゃな」
 学の呟きに、美春は彼の胸の中でこくりと頷く。そして小刻みに身体を揺らした。
「何してんの、美春」
「うん、こうやって擦り付けば、学の匂い、いっぱい移って来るかなぁって」
 少々応答が可愛らしく胸に響いたらしい。学は美春の顎を掬い、強く抱きしめながら唇付けた。

「素っ裸にして沁み込ませたいくらいだ」
「駄目よ。とてもじゃないけど、学に合わせたら時間が足りないわ」
 学はコツンッと額を付け、そのまま美春の鼻先にキスをする。
「じゃぁ、……あとで……」
「んふっ……、馬鹿っ」

 学の機嫌も直ったようで美春はホッとするが、彼の腕はなかなか離れない。
 相変わらず彼女を抱き締めたまま、学は柔らかい栗色の髪を撫でた。
「でも美春、どうして気が付かなかったんだ? 土曜日に社長がエリお母さんを訪ねて来た時……」
「分かる訳ないでしょう……、っていうか、想像も出来ないわよ……」
 ロシュティスの社長は、雑誌の写真記事でその姿を見たことがあった。しかしそれらの記事では、全て眼鏡をかけ口髭を蓄えていたのだ。
 視察に先だって様相を変えたのか。それとも、もしかしたらエリに会うつもりでいたので昔の雰囲気を出したかったのか。真意のほどは分からない。眼鏡と口髭が無くなった様は、言われて見れば同一人物として繋がるが、言われなくては分からないレベルだ。
 そして、まさかずっと関わり悩まされてきたロシュティスの社長が、自分の母親と知り合いで、それも自宅へ訪ねてくるなどと想像出来ようはずもない。

「でも、学はよく分かったわね。雑誌なんかで見た社長とは全然違ったのに」
「そうか? 髭と眼鏡が無かったらあんな感じだぞ。櫻井さんは話を聞いていたから分かったのかもしれないが、母さんだってすぐ分かったようだし」
「お母様……、そうよね……」
 美春はさくらの姿を思い出し、改めて息を詰めた。
 さくらが来ていたということは一も到着しているのだろう。ふたりが邸を出たのは学と美春よりは後だったはずだが、学達は寄り道をしていた為にあまり変わらないタイミングで会社へ到着したのだと思われる。
 エントランスへ出てみると、正面入口に人影がある。美春がアランの腕に抱かれている姿を見たさくらが、咄嗟に策を講じたのだ。
 その機転の早さと目の前で見せ付けられた対応に、美春は身震いを起こす。
 第一秘書の名は決して伊達ではない。二十年以上一に付き添い培った、彼女の才能と技術だ。学の妻と秘書を兼任していくなら、美春もさくらのようにならなくてはならない。
 美春は改めて、自分の立場における重要性を思い、気持ちが奮い立った。

「改めて、……本当にお母様は凄いって思う……」
 感慨深げに言葉を出す美春の頭をポンポンッと撫で、学はもう一度美春を強く抱き締める。
「美春も、ああなれるさ。……母さんだって、普段はふわふわして掴みどころのないイメージの人だ。若い頃だって、美春みたいに迷走することも多かったらしい」
「……そうなの?」
「ああ、父さんが教えてくれた。こればかりは、やはり経験の積み重ねが物を言う。美春だって、大丈夫だ……」

 美春は学にしがみつき、彼の香りを身体いっぱいに吸入した。
「学を支えていけるくらい、……お母様に近付けるように、頑張るからね」
 それは美春にとっての、未来への目標なのだ。


*****


「会長もすぐに来ると思います。こちらで少しお寛ぎになっていて下さいね」
 用意された応接室は、最上階である三十五階の社長室兼会長室と同じ階にある広い部屋だ。もちろん、特別な来賓以外通されることはない。
 ふかりとした皮貼りの椅子に深く腰掛け吐息するアランを見て、さくらは口元をほころばせた。
「お疲れでしょう? ゆっくりなさってください、今、コーヒーをお持ちしますわ。紅茶の方がお好きでしたかしら?」
「ミセスさくらが淹れてくれるのですか?」
「ええ。お口に合うか分かりませんが。――それと、気楽に『さくら』とお呼び下さって結構です、アラン社長」
 笑顔で部屋を出て行くさくらを、アランも笑顔で見送る。しかし彼女が部屋を出ると、その表情には翳が差したのだ。

「……彼女を、どう思う? グレース」
 隣に腰かけるグレースに声をかけると、彼女は事務的に答える。
「人当たりの良い、頭の良い女性かと……」
 その答えを聞いて、アランは鼻白んだ。
「――元々は、政略結婚に利用された“買われたお姫様”らしいがね……」
 グレースの眉が寄り、ライトブラウンの瞳が驚きに見開かれた……。








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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 相手がアランみたいにどうにも対処が出来ない相手じゃなかったら、学君のやきもちはもっと酷かったかも。^^;
 相変わらずの彼ですが、美春ちゃんも扱い方を心得ているので良しとしましょう。

 さくらさんには好感触だったはずのアランですが、何となくおかしいですね。
 彼はさくらさんの何を知っているのでしょう……。
 また、グレースは何故驚いたのでしょう……。

 では、次回!!





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