理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第3章9(癒しの紅茶)

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「本当に朝食はよろしいのですか?」
 アイスティーのグラスをふたつテーブルに置き、トレイを胸にさくらはにこりと微笑んだ。
「長旅で身体もお疲れなのかしら。でも、こちらに着いたのは昨日今日ではありませんわよね」
 内密のうちに現地入りしたアランを責めているようではあるが、その口調に不快なものはない。勿論アランは声を上げて笑った。
「長旅の疲れは、たっぷりホテルで眠ったので取れていますよ。今日は朝から蒸し暑いので、気温にやられて食欲が出ないんです。……と、言えば、もっともらしいが……、これから葉山製薬を品定めさせてもらえるのかと思うと緊張してしまってね。それで食欲が出ないのですよ」
「まぁ、それでは是非“優良品”の認定を頂いて、社長にお食事を摂って頂かなくては」
 美春が見ていたなら、ハラハラと気を揉みそうな雰囲気だ。だがやり取りをするふたりは何も気にしてなどいない。
 反対に、面白そうな期待をしながら眺めているのはグレースかもしれない。アランが笑顔で繰り出す皮肉を、ことごとく笑顔で返す人間を彼女は初めて見た気がするのだ。

「あっ、待って、ミス・グレース」
 アイスティーのグラスを取り口を付けようとしたグレースを、さくらは軽く手で制した。
「紅茶はストレート派? けれど、ガムシロップを一滴でも良いから入れて飲んでみてくださいな。紅茶は、お砂糖なんかの甘味が足されることで茶葉の甘味と風味が増すの。特にアイスティーは、シロップを入れないと茶葉の違いと良さが分からないわ」
「……そうなんですか?」
 今までポーカーフェイスだったグレースが、キョトンッと目をしばたたかせた。美人顔が可愛らしく変化した様を嬉しそうに見てから、さくらはアランにもガムシロップの小瓶を進める。
「ダージリンのストレートフラッシュを水出ししたものです。水出し紅茶はご存じかしら。旨味と甘味がより良く出されて、味がまろやかになるのですよ。ちょっと日本茶にも似たまろやかさです。是非、甘味を足してお飲み頂きたいわ。きっと社長の緊張もほぐれるでしょう」
 さくらの説明を聞きながら、アランは関心をして首を縦に振った。
「これは、朝食を頂くよりも素敵なものを出して頂いたようだ」

 グレースがアランの分もシロップを垂らし、添えられていたマドラーでひと混ぜしてから彼に渡す。
 ふたり同時に口を付け、ふたり同時に安らぎを吐息すると、お互いに顔を見合わせ納得に頷き合う。息の合った行動を前に、さくらは思わず学と美春の姿を重ねてしまった。
 秘書をひとりだけ同行させてきたアランに、「もしや」の考えが浮かびそうになった時、当のアランから声がかけられる。

「いや、美味しいですよ、さくら。水出し紅茶というものを初めて飲みました。これからアイスティーを飲む時は、シロップを入れようと思う」
「是非。では、視察でお疲れの後は、水出し玉露をお淹れしますわ。トロリと蕩けて心も体も癒されますよ。気持ち良くなって、そのまま眠ってしまうかもしれません」

 グラスに当てられていたアランの口角が、微かに上がり不敵さを漂わせる。
「これは……、さくらにお礼をしなくてはならないな……」
 だが、グラスをテーブルに置き、グレースに掌を向けた時の彼は、穏やかな笑みだけを湛えていた。 
 グレースは足元に置いてあった皮貼りのアタッシュケースを開け、中から小さなアルミ製のケースを取り出す。シガレットケース大のそれをアランが受け取ると、カチリッと金属音をさせて蓋が開いた。

「さくら、手を出して」
 アランの頬笑みに誘われ、小首を傾げつつもさくらが片手を出すと、彼はケース内に付属させていた小さなピンセットで、彼女の掌に小さなカプセルをひとつ落とした。
「さくらにひとつおすそ分けだ。食事を摂らなくても、どんなにハードスケジュールでも、僕が元気でいられる秘密の素です」
「……栄養剤か何か?」
 不敵に口角を上げ、アランは人差し指を立てる。
「身体の疲れを取る為の最高級品です。まぁ、種明かしをすれば当社の滋養強壮系サプリメントを強化したものがギュッと凝縮されているだけですけど。ただこれは僕専用。非売品です」
「まぁ、それは貴重だわ」
 何を渡されたのかと一瞬ドキリとしたさくらではあるが、種明かしを聞いて安心した。
 ロシュティス社のサプリメントは世界的に定評がある。また、その安全性は、基準審査に厳しい日本でもクリアしているほどだ。

「さぁ、おひとつどうぞ。カプセルの中味は液体ですから、いつまでも掌に乗せておくと溶け出てしまうよ」
 さくらに勧め、アランはケースから素手でひとつ摘まみ口に入れる。小さめのカプセルなので、水無しでも彼はごくりと飲み込んでしまった。

 一瞬だけ、さくらは躊躇する。
 だが、サプリメントや滋養強壮系にアレルギーがある体質ではない。
 これから提携を結ぼうという会社の社長が勧めてくれた相手会社の開発商品を、まさか拒むわけにもいかない。おまけに品質は保証されているのだ。
 さくらはにこりと微笑み、彼の好意を受け取った。

「社長のお気持ち、頂きますわ。これで元気を出して、専務と美春さんをサポートしてあげなくては」

 口の中に入ったカプセルは、水が無くてもするりと喉に滑り込んでいく。
 空気と一緒にごくりと喉を動かし、口元を指で押さえ、さくらは軽くはにかんだ。
「あまり強力で胃が怒ったら困るので、お水で中和してきます。ちょっと失礼」
 薬剤を身体に入れる時は水か白湯で補助を。葉山家へ来た頃、一に教えられた約束事はさくらの身体に沁み込んでいる。それを守るべく、彼女は応接室を出た。

「……疲れを取る、手助けになれるよ……、さくら……」
 含み笑いは、徐々にアランの肩を揺らす。
 手に持っていたケースをグレースへ戻し、彼はアイスティーのグラスを手に取った。
「これからの友好関係の為に、……僕の研究の手助けもしてもらうがね……」







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 ふたりがやってくるまでの時間を繋ぐさくらさん。
 少女時代は純日本風なお姫様育ちだった彼女は、意外にも紅茶通。
 新しい茶葉を手に入れると、必ず美春ちゃんを呼んでお茶会をしていたという会話も第1部で書いた覚えがあります。(実際、そのシーンそのものはなかったのですが)
 雑談のようですが、紅茶がストレート派の方、茶葉指定で飲む際は、是非とも少し甘味を足して飲んでみてくださいね。

 さくらさんの心遣いに、気持ちを返すアラン。

 小さな薬剤。
 後にこれが、大きな波紋を起こします。

 第3章もラスト。
 何かが起こるかもしれません。

 では、次回!!





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