理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第3章10(初日の緊張)

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「お疲れ様です~」
 前方から風が吹いてくる。とはいえここは外ではない、三十四階の休憩所だ。窓を開けたって、美春が座っているテーブルに風は当たらない。
「大丈夫ですかぁ、こーのさんっ」
 人懐こい爽やかな声。腕を伸ばして突っ伏していたテーブルからひょこっと顔を上げると、美春を覗き込む笑顔がそこにある。
「クッキー食べますか? これ、悠里ちゃんが作ったんですよ。美味しいですよ~」
 恋人の手作りクッキーを自慢しつつ、須賀大智が片手に掲げるのは透明のラッピング袋。中には丸いクッキーが沢山詰まっており、袋の口はカラフルなモールで括ってある。
「でも、それ須賀さん用でしょう?」
「いいえ、悠里ちゃんに頼まれたんですよ。光野さんに渡してね、って」
「じゃぁ、ちょーだいっ」
 両手を揃え出して“ちょーだい”のポーズ。そこにクッキーの袋を置いて、須賀は労いの笑顔を向ける。
「今日から、例の社長が来てるんですよね? 今日の分は終わったんですか?」
「ええ、ついさっきお帰りになったわ……。帰ったって言っても、宿泊先にだけど。……朝からずっと会議室に缶詰よ」
 腕時計を確認し、須賀は驚嘆する。
「今、三時半でしょう。朝から今までずっとですか?」
「今日は、予め希望されていた資料の説明ばかりだったけれど……。それでも、全部は終わらなかったわ……」
「その他に、指定部署の視察もあるんですよね。一週間程度のものかと思ってたら、もっと長いんですか?」
 袋をガサゴソと開けながら、美春はフゥっと吐息する。
「八月いっぱいこっちにいるそうよ。その間会社自体の視察にかけるのは十日間くらいじゃないかしら。それも毎日じゃなくて飛び飛びで。視察結果を検討する時間も含めてなのだろうけど、八月末には結果をくれるそうよ。……緊張するなぁ……」

 サクリとクッキーが軽快な音を立て、しっとりと口の中でこぼれる。バターの芳醇さが鼻まで上がってきて、美春は表情を和めた。
「バタークッキーだぁ、おいしーい。良いわねぇ須賀さん、こんな美味しいクッキー作れるお嫁さんもらえてぇ」
「羨ましがっても悠里ちゃんはあげませんよ」
「私が貰ってどうするの」
 サクサクっと音を立てて食べてしまうと、美春はもう一枚手を伸ばす。悠里が作った物を気に入ってもらえたと思うと須賀も嬉しいのだろう、励ましにも力が入った。
「専務と光野さんには、絶対早く結婚してもらわなくちゃならないんですから。絶対成功するって信じてますよ」
 張り切る須賀を前に、美春はクスリと笑った。

 この件が成功すれば、学は今年中に籍を入れると言っている。
 式などは後になるかもしれないが、事実上、美春は今年中に学の妻になるのだ。
 そして須賀は、夫婦になった二人に、彼と悠里の結婚式で仲人をやってほしいと頼んである。ふたりの結婚式は十二月。須賀としては自分たちの為にも、この件は成功して欲しいのだ。

「そうね、須賀さんと悠里さんの為にも頑張らなくちゃ」
 張り切る美春の手からクッキーが抜き取られる。振り返ると学が笑いながら立っていた。美春の顔ばかりを見ていて、いつ学が近付いて来ていたのか気が付かなかった須賀は、「お疲れ様です、専務」と慌てて声をかけた。
「戻ってくるのが遅いから見に来てみれば……。案の定だ。こんな所で餌付けされていたんだな、美春君は」
「……餌付け……、その言い方はどうかと……」
 美春は渋い声を出すが、クッキーで疲れを忘れそうになっていたのは確かだ。しかし素直に認めるのも癪だとばかりにコホンと咳払いをして、袋を顔の横に掲げてみせる。
「疲れが取れるくらい美味しいですよ? 専務室に持って行きますから、専務もひと休みしてください」
「了解」
 上司顔で笑を作るが、おそらくふたりきりで休憩に入る際、お茶を入れるのは学だ。

 取り上げたクッキーを美春へ返し、学は須賀に視線を移した。
「須賀さん、ロシュティス側が開発部関係のセキュリティを見たいと言ってきています。明日明後日の話ではないのですが、その時は研究室に同行をしてください」
「……セキュリティですか? 研究室内ではなくて?」
「もちろんそれもあるのだけれど、どの程度の管理体制をとっているのか知りたいらしくてね。――まぁ、“ここまでなら大丈夫”っていう須賀さんの匙加減で説明をしてくれればいい」
「分かりました……」
 突然の話だ。情報管理体制が厳重であるかということは気になるのだろうが、セキュリティレベルまで知る必要などあるのだろうか。須賀は僅かに眉を寄せるが、“ここまでなら大丈夫”という含みを学が口にしたくらいだ。後は須賀の判断に任されるのだろう。

「早朝から、びっくり箱が空いたように忙しかったからな。……お疲れ」
 立ち上がりかけた美春の背をポンポンっと叩き労うが、彼女は複雑そうな笑みを見せた。
「今日は、何というか、余裕の持てない仕事をしていたようでお恥ずかしいです……。――今日は、さくらさんに助けられてばかりで……」
 要所要所で入るさくらのサポートはとても有難かった。
 朝や休憩時も、彼女の対応がどんなに場を和ませてくれたか。
「本当に……、さくらさんは凄いです……」
 尊敬と羨望。会社での彼女にそれを感じずにはいられない。


*****


「お疲れ様」
 大きな手で肩を抱かれた瞬間、さくらは緊張の糸が切れたかのように身体の力を抜いた。
 もちろんそれによって、彼女は労ってくれた一の腕に抱き支えられることになる。社長兼会長室にはふたりきりだ。予想通りの展開に、一は満足げにさくらを抱き寄せた。
「疲れたかい?」
「全く気が張っていな訳ではないのよ? でも、大丈夫よ。何となく身体の中に熱が溜まっているようで、エネルギーは足りているみたい」
 本当に体が火照っているように熱い。
 アランに特別な栄養剤を貰ったせいだろうか。それとも、学と美春をサポートするために気が張って緊張していたせいだろうか。
(でも、大介さんが調合してくれる栄養剤の方が効くような気がする)
 身内自慢を心で呟きクスッと笑うと、一にポンポンっと頭を撫でられた。
「今日は早めに寝て、ゆっくり休みなさい。明日も来社されるようだが、今日のように早朝からではないようだから」
「毎日こんなびっくり箱状態じゃ、美春ちゃんが倒れてしまうわ」
 クスクスと楽しげに笑いながらも、さくらの心は美春への慈しみで溢れていた。


 ――そして……。
 一に言われた通り、その夜さくらは早めに床につき、ゆっくりと眠ったのだ。

 ゆっくり、ゆっくり……。
 ゆっくりすぎるほど……。


 さくらは何故か、丸二日間、目を覚まさなかった――――。







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 美春ちゃんと須賀さんをセットで出すと、最近兄妹のようだと思ってしまうのは私だけでしょうか。(笑)

 早朝から騒がせてくれたアランではありましたが、何とか一日目が過ぎていきます。
 でも、まだまだこれから。美春ちゃんも一日でヘバってはいられません。
 学くんにミルクティーでも淹れてもらって頑張ってもらいましょう。

 そんな中、さくらさんはお疲れでしょうか。
 おかしな変化が出てきたようです……。
 おかしいといえば、アランも妙な言動が目立ちます。
 その真意も、徐々に分かってきますよ。

 では、第4章も宜しくお願いいたします!

*第4章は、11月8日からになります。
 3章終了の活報も、今日中にあげますね。^^






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~ Comment ~

直さん、こんにちは(*・ω・)ノ
第3章、ありがとうございました&お疲れ様でした。

なんか色々怪しく(笑)動き始めましたねー。
アランサンが一枚も二枚も上手のような気がする…。曲者間違いなしです(~_~;)
学クン…こんなとこと提携組まなくていいよといいたいところですが。これもお話に必須なスパイスですよねー
そんな中、櫻井サン、須賀サン、柳原サンたちに和みました(@^▽^@)シアワセモノ

今日から4章!楽しみにしてますね(*^▽^*)

みわさんへお返事です11/8

みわさん、こんにちは!

 第3章は、葉山製薬の幸せさん達にご登場願いました。(笑)
 考えてみると、櫻井さんはいっつもキスしようとすると邪魔が入るんですよね。(^^ゞ

 第4章では、アランがもっと曲者になります。

 また頑張りますね!
 有難うございました!

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