理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第4章1(二日間の眠り)

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「ごめんなさいね。仕事を抜けて来させてしまって」
 そう言ってさくらは、いつも通りの笑みを作った。
 疲労の様子も憔悴した様子も見られない。病室のベッドで、それもパジャマ姿であるというのに、今にもスーツを着てえキビキビと歩き出してしまいそうな雰囲気だ。
「いいえ。目を覚まされたと聞いたので……」
 美春はさくらの傍らで言葉を濁す。ハッキリと言ってしまっても良いものなのか、少々迷いがあるのだ。
 さくら自身、知っているのだろうか……。

 ――彼女が、丸二日間のあいだ、眠り続けていたと。

 しかし美春の不安を知ってか知らずか、さくらは軽やかに言い放つ。
「そうよね。聞かされて私も驚いたの。月曜の夜に眠ったはずなのに、今日がもう木曜日だなんて」
 クスクスと笑い、この妙な体験にさほどの不安も見せない。本当に不安の欠片もないのか、それとも装っているだけなのか、美春は彼女の心理を計りかねた。

「目が覚めたら、いつもと違う天井は見えるし、最初に目に入ったのは一さんの顔じゃなくてエリちゃんの顔だし」
「一さんみたいに綺麗な顔がお目覚めを迎えたんじゃなくてごめんなさいね」
 さくらの言葉を、エリが笑顔で軽やかに返す。手に携えたクッキーの詰め合わせを「はい、どうぞ」とさくらの膝に置き微笑んだ。
 その頬笑みを下から覗き込み、さくらも笑顔を反す。
「どういたしまして。美春ちゃんに似た顔に御目覚めの御迎えをされて、とても良い気分よ」
「様子を身に来たら、さくらちゃんが急にもそもそっと動きだすんだもん。驚いたのよ? しばらく看護師さん呼ぶのも忘れたわ。寝惚けたみたいにもそもそころころ動いて、可愛かったわぁ。隣であんな起き方される一さんも大変ね。毎朝可愛くて堪んないでしょうね」
「エリちゃんもやれば?」
「大介がびっくりして救急車呼んじゃうわよっ」
 楽しそうに笑い合う母親同士を眺め、美春はやっと安堵感を得ることが出来た。


 心配と共に、不安を抱かずにいられるものか。
 丸二日間眠り続け、その間、どんなに起こそうと試みても、さくらは目覚めなかったのだから。
 月曜の夜、さくらは普通に就寝したらしい。
 それでも、書斎で仕事をしていた一がひと段落つくのを待とうとしていたのだが、早朝から訪れたアランへの対応や美春のサポートで、気疲れしているだろうから休むようにと言われ、いつもよりは早くベッドに入ったのだ。
 「旦那様より先に床に着いちゃって、ごめんなさいね」いつも通りの笑顔で、いつも通りの女性らしさを見せ、何ひとつ変わらない様子で眠りに着いた彼女は、翌朝目を覚まさなかった。

 一が何度名前を呼んでも、身体を揺すっても、瞼が開く気配はなかったのだ。
 呼吸や心拍数にも異常は感じられず、眠っているだけなのだと分かっても、目を覚まさないのは尋常ではない。
 早朝ではあったが、葉山邸にさくらの主治医が呼ばれ、診察が行われた。
 しかし、主治医からの見解も「眠っているだけ」というものだったのだ。
 すぐに目を覚ますかもしれないが念の為にという主治医の希望も有り、さくらはすぐに病院へと運ばれた。
 そして二日間、眠り続けたのだ。

 さくらが運ばれたのは、辻川財閥が管理運営する、辻川総合病院。
 葉山家を含む、辻川一族専用フロアに設けられた特別室だ。

 入院を美春に知らされたエリは、ひとまず当日は避け、翌日に様子を見に訪れていた。
 今日も、さくらが目を覚ましたら食べられるようにと、フランスの両親から送ってもらったクッキーを持って様子を見にやって来たのだ。
 そんなことはないだろうと思いつつも、日持ちのするクッキーを手土産に選んでしまった辺りに、エリの不安が現れている。
 それなので、病室に入り、間もなくさくらが「うんっ……」と呻いて目を覚ます瞬間を目撃した時、「和菓子でもよかったかも」と、嬉しい後悔をした。

 さくらが目覚め、病院から一に連絡が入り、一から学へと伝えられた。
 病院へは学も一緒に来たが、彼は今、一と共に主治医の話を聞きに行っている。美春は病室に残り、全くいつもと変わらないさくらを眺めていたのだ。
 この二日間に感じていた不安を自嘲してしまうほど、目の前で笑うさくらには何の異常も感じられない。
 それはそれでもちろん良いことだ。だが美春は、ホッとしつつも、どこか不安を拭えないこの状態に、胸騒ぎを覚えずにはいられない。

 溜息代わりにひとつ鼻で息を抜き、美春はサイドテーブルに三つほど積み上がったサンドイッチケースを指差して、エリの肩を叩いた。
「お母さん、お昼ご飯食べて来なかったの? 何個食べるのよぉ、太るよ」
「ちょっとぉ、私じゃないわよぉ」
「じゃぁ誰が三ケースも食べるのよ。……あ、もしかして、お父様とか?」
 だが病院に来てからの一に、のんびり昼食をとっている時間など無かっただろう。彼はさくらの様子を探るのに忙しかったはずだ。
 サンドイッチ三ケースの犯人を模索する美春に、さくらが笑いながら答える。
「ふふっ、それね、私」
「えぇっ! おっ、お母様っ!?」
 真相を聞いて驚かずにいられるものか。積み上がったケースは近くにあるサンドイッチ専門店のものだが、男性でも対応できる大きさのケースだ。とてもではないが普段のさくらならば半分が関の山だろう。
「お腹すいた、っていうから、私が買ってきたの。一さんとか学君とかが来たら食べるかと思って多めに買ってきたんだけど、さくらちゃんが全部食べちゃったのよ。驚いたの何のって」
 少々呆れ気味のエリに、さくらは肩を竦め恥ずかしそうだ。
「何かしらね。変にお腹すいちゃって、自分でも驚いたわ。二日何も食べないとこうなるのかしら。でも今はお腹いっぱいで動けないわ」
「当り前でしょう? これだけ食べたらね。太るよ、さくらちゃん」
「やっ、やめてよっ」

 特に気にするべき事態ではないのだろうか……。
 美春は目を見開いたまま、困惑を隠せない……。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第4章、スタートいたします。
 またしばらく、お付き合い下さいね。^^

 まずは、3章ラストで深い眠りについてしまったさくらさん。
 二日間眠り続け目覚めた彼女には、何の異常も見られませんでした。
 この原因は、いったい何なのでしょう。
 ただ、これは、始まりにすぎません……。

 心配しているのは、もちろん美春ちゃんだけではありません。
 次はその人達の様子を見てみましょう。

 では、次回!!




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