理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第4章2(安堵の後で)

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「検査の結果、全く異常は見られませんでした」
 さくらの主治医、斉和彦は、少々申し訳なさそうに結果を口にした。
 何かどこかに異常が見られたのなら、この事態を責任づけることも出来たが、どこにも異常がないとしか言えない限り、これはさくらの突発的な体調の異変と考えるしかない。
「蓄積されていた疲労が、極度の緊張で睡眠機能に影響を及ぼした……、そう考えるのが妥当でしょう」
 斉らしくない歯切れの悪い口調は、彼自身も判断しかねている心境を物語っていた。


「ロシュティスの一件では、美春もかなり緊張していたし不安そうだった。元気付けてくれていた母さんの方が、こんなことになってしまうとは、思いもしませんでした……」
 学の口調は、斉と同じくらい歯切れの悪いものだった。仕事の件でさくらが変調をきたした姿を見るのは初めてだ。どんなに大きな仕事の後でも、彼女はいつもシャンっとして次へ次へと進んでいく人だったというのに。
「準備期間も長かった。ここまで漕ぎつける為に、お前や美春ちゃんがどれだけ大変だったかも傍で見て知っている、その分、心に溜まっていた物もあるだろう。第一段階を踏めたことで、それが崩れたのかもしれない」
 特別室前のフロアで、一と学は立ち話をしていた。
 斉の話も終わり、とにかく心配はいらないと思うが、しばらく気を付けて様子を見ようということになったのだ。
 学にとってさくらは母親だ、心配にならないはずはない。
 仕事の件を置いても、初めて見る母の姿は学の心に動揺をもたらす。
 そんな彼の肩を叩き、一が諭した。
「さくらがここまで気にかけていた一件なのだ。成功させよう、学。お前の下準備は完璧だった、これで満足しない企業はないさ。自信を持て、私の息子に出来ないはずはないと信じている」
 予想外の心強い言葉だ。学は身体に沁み込んで来る期待の大きさにゴクリと喉を鳴らし、力強く頷いた。
「はい、お父さん」
 握り締める両手に熱がこもる。
 頼もしく何よりも嬉しいエールを胸に、学の志気は更に高まった。


*****


「ついでだから、昼食取っていくか」
 今朝までの学と比べ、声の調子が軽やかだ。きっとさくらの一件が解決したからだろうと悟った美春は、助手席のドアを開けて微笑む彼に笑みを返し、「うん」と同意を示した。
「何食べたい?」
「ん~、お母様の病室でサンドイッチのケースを見たからってわけじゃないけど、サンドイッチ食べたいかも……。学は?」
「んー、美春かな」
 ちょっと音を立てて触れる唇。おどける彼に、思わず笑みが零れる。
「んもぅ、そんな時間ないでしょ」
「じゃぁ、キスで我慢する」
 繰り返されるバードキスに、美春は肩を竦め後ろ手を組んで唇を提供したままだ。悪戯のように触れる唇がくすぐったい。自然とふたりはクスクスと笑い合った。

 病院の駐車場で、楽しげにキスを交わすふたり。
 和やかな雰囲気は、やはり心配の種がひとつ減ったからだろうか。
「口紅取れちゃうよ」
「どうせこれから食事なんだし、取れてもいいだろ」
「もぅ」
 笑顔で咎められても、そこでやめる学ではない。周囲に人影がないのを良いことに、キスの感覚が少しずつながくなり、いっそこのまま美春を車に押し込めてしまおうかと悪戯な思考が学の脳裏を過った時、その考えを制止せんとばかりに彼のスマホが着信を告げた。

 どうやら無視の出来ない相手のようだ。学は腰のホルダーから取り出したスマホを眺め、苦笑いを漏らす。
 美春の唇を解放して電話に出るが、話しは三十秒とかからなかった。
「ゆっくりランチといきたかったが、そうもいかないようだ」
「どうしたの? 何かあった?」
「アラン社長が来ているらしい」
「え? 今日は来る予定じゃなかったわよね?」
 週始めから毎日来ていた彼だが、今日はスイスの方と会議があるので、明日来社の予定だったのだ。
 驚く美春を助手席に乗せて運転席へと回ると、学は急いでエンジンをかける。
「櫻井さんからだったんだけど、時間が少し空いたからって、顔を出しに来たらしい」
「いきなりだと驚くわ。月曜の朝を思い出しちゃう」
「ちょうど柳原君がビルの前を巡回していたらしくて、タクシーから降りた社長に気付いたようだ。良いタイミングだったとしか言いようがない。あ、それとな、“仕事”の用事で来たんじゃないらしい。秘書も着けず、ひとりで来たらしいぞ」
「……何しに来たのかしら……」
 少々失礼な発言のようだが、まさかお茶でも飲みに来たわけでもないだろう。不思議がる美春を横目でチラリと見て、口角を不敵に上げ、学は車を走らせた。
「美春に、会いに来たんだってさ」
「……はぁ?」
「アラン社長は、美春に会いたくて、仕事の時間を割いて来社したらしい。対応した櫻井さんに、ハッキリそう言ったらしいぞ」

 開いた口もふさがらないが、美春は学の横顔からも目が離せない。
 心持ち眉を寄せた表情は、この状況を好ましく思ってはいない彼の心情そのままだ。

 どう答えたら良いか分からず、美春は血の気が引く思いで彼を眺めるしかなかった。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 さくらさんの件にひと段落を付けたかった学君ですが、そうもいかないようですね。
 美春ちゃん、ちょっとした災難かも……。

 投稿サイトの方との兼ね合いもあるのですが、しばらく、後書きを控えさせて頂きます。
 章の始まりと終わり、それと、お知らせがある際には書かせて頂きますね。

 いきなりのお知らせで申し訳ありません。
 宜しくお願い致します。






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