理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第4章3(櫻井の心情)

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「専務と光野はすぐに戻ります。申し訳ありませんが、もう少々お待ち下さい」
 コーヒーを持って来た秘書課の女性が応接室を出ると、櫻井は規律正しい謝罪を口にした。
 ソファにゆるりと腰かけ、アランは予想外の質問をする。
「……さくらは、今日も休みなのかな?」
「はい……。まだ、体調が優れないらしく……」
 昨日一昨日と、さくらの姿が無かったのはアランも知っている。体調不良なのだと美春から聞かされているはずだ。
 初日のもてなしで、アランは随分とさくらを気に入っていた。それで彼女の姿が見えないと気になるのだろう。特に慌てもせず答えた櫻井だったが、アランの追及はそこで終わらなかった。
「君は、専務の、というよりはさくらの部下に当たるのかな? 表向きは会長秘書のひとりのようだが……」
「第一秘書は、私にとっては最も尊敬する先輩です」
「そのようだね、初日もそうだが、ここ数日間を見ていても、君の懐きぶりは目を瞠るものがある。いや、ミセスさくらも綺麗な青年に忠犬のように慕われているのだから女冥利に尽きるだろう。羨望の視線というものは、女性に周囲を意識させ自分を磨かせるものだ。彼女がいつまでも可愛らしくあるのは、自分に憧れる数多くの男の目を常に意識しているからなのかな」
 微妙だが、あまり褒め言葉には感じられない。
 深読みをするなら、さくらが常に男の目を意識した自意識過剰な女性であるかのようにも聞こえてしまうではないか。
 忠犬などという例えをされた櫻井としても、決して気分の良い例えではない。
 
 だが、いくら日本語が流暢でも、アランは日本人ではない。
 根本的な物の考え方や価値観が日本人と違う部分は、多々あるはずだ。
 自分が見られていると分かっていても、慎ましやかに出しゃばらず目立とうとはしない態度を女性の美徳とする日本人とは違って、女性でも男性でも、常に自分を磨き自己アピールが出来る態度を素晴らしいものだとする考え方も世界中にはあるのだ。

 アランは恐らく、その意味でさくらや櫻井を褒めているのだろう。

 櫻井は、そう思おうとした。

「さくら女史を仕事面や女性としての面で輝かせているのは、何よりも会長の視線だと思います。さくら女史も、それ以外の羨望など眼中にはないでしょう。社長のお考えをお借りするならば、完全に私の片想いですね」
 小気味の良い櫻井の返答に、アランは「ほぅ」と感心した相槌を打つ。笑顔を作り、コーヒーカップに手を伸ばした。
「ミセスさくらは非常に素晴らしい部下を持っている。専務も大分助かっていることだろう。――そういえば、君は非常に機転の利く男だったね。初日に見せた専務への気遣いは見事なものだったよ」
「恐れ入ります」
 初日にビルの前で美春を腕に抱いたまま離さなかったアランから、事情を知らないふりをして彼女を取り返した一件を言われているのだろう。皮肉とも取れる褒め言葉ではあるが、櫻井は特に表情を崩すことなく好意的に返した。

 カップを口に付け、隠れた口角がゆるりと上がる。
 それはまるで、櫻井の持つさくらに敬する気持ちを、嘲笑っているかのようだった。


*****


「何となく、櫻井さん、機嫌悪かったよね」
 夏の湯船は心持ちぬるめだ。
 適度に涼しいビルや車の中にいる時間が多くても、やはり夏の空気は肌に優しくはない。じんわりと汗ばんだ身体をハーブ系の香りで満たし、肌に柔らかなお湯を感じながら、美春は葉山邸に帰宅後のバスルームで大きく吐息した。
「社長とは、にこやかに話をしていたわよね。……会社に着いた時は」
 湯船の中で小首を傾げると、グイッと髪を引っ張られ、美春は「きゃっ!」と短い悲鳴を上げる。
「何か話が合わなかったとかじゃないのか? それか、櫻井さんが根本的に嫌がる話を社長がしてしまったとか」
 バスルームの洗い場に出た美春の髪にシャワーをかけ、学はもう少し仰け反りなさいとばかりにクイクイと髪を引っ張る。何をされるのかを悟った美春は、そのまま大人しくバスタブに背を付け、反り返って学に髪を任せた。

「でも、そんなに機嫌悪そうでもなかっただろう? ほぼいつも通りだったぞ」
「ううんっ、機嫌悪かったっ」
「何で? また皮肉でも言われて苛められたか?」
「資料を丸めて私の頭を叩く回数が、間違い無くいつもより五回は多かったのよっ」
 学は失笑し、掌に垂らしたシャンプーで美春の髪をシャカシャカと洗い始めた。

「何だよそれーっ」
「き、機嫌が悪いと、いつもより回数が多いのよぉ。冴子さんの悪阻が酷い時なんて、最悪だったんだからぁ。……ちょっ、ちょっとぉ、学っ、乱暴よ」
「ごめんごめん」
 謝りつつも、美春の髪を洗うスピードは落ちない。楽しそうな笑い声を上げながら美春の髪を泡だらけにして喜ぶ学を感じ、彼女は内心ホッとした。

(……良かった……。学は機嫌悪くないんだ……)

 午後からわざわざ美春に会いに来たアラン。
 来社の理由で不機嫌になってしまった学を見て、美春はずっと心配だったのだ。
 結局アランは三十分程美春と話をして帰ったのだが、その間は応接室に美春とふたりきり。学や櫻井の同席は遠慮をさせた。
 ふたりで話した内容などは他愛もないことばかりだ。家族や会社でのことを世間話程度にしただけなのだが、学が気にしているのではないかと勘繰り、訊かれる前に自分から応接室での内容を全て話した。

 彼女に気持ちを傾けている男とふたりきりで話をしていたのだとなれば、学が気にしない訳はない。
 だが、彼からは一向に様子を知りたそうな態度が見えてこなかった。
 なので余計に気になったのだ……。








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