理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第4章5(職場復帰?)

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「さっ、さくらさんっ、何をしているんですか!」
 その朝、出社した美春を驚倒させたのは、いつも通りスーツを着てキビキビと歩くさくらの姿だった。
「あら、おはよう、美春さん」
 秘書課のオフィスで柵矢室長と話をしていたさくらが、挨拶と共にニコリと笑みを向ける。あまりにも通常通りの彼女に、美春は立ち竦んだまま開いた口が塞がらなかった。
 さくらは美春に近付くと、後ろ手を組んで左右から彼女を眺め笑顔で茶化す。
「ぽかぁんっと口なんか開けていたら、櫻井君に指入れられて前歯摘ままれちゃうわよ?」
 冗談のつもりだったのだが、美春は慌てて両手で口を押さえた。どうやら、やられた経験があるらしい。
 その反応に失笑するさくらだが、楽しそうな彼女に美春は追及の手を伸ばす。
「そっ、そんなことはどうでも良いんです。何やってるんですか、病院は?」
「つまんないから出社したのよ」
「つっ、つまんない、って……」
「だって、どこも悪くないのよ? ただ眠かっただけだもの。熱もない体調も悪くない、病院で寝ている理由がないでしょう?」
 美春はまたもや口を開けて言葉を失ってしまう。
 昨日も見たが、確かにさくらは元気そうだ。今も、見る限りでは本当にいつもと変わらない。
 しかし、眠り続けた理由は、結局不明のままではないのか……。

「火水木と仕事も空けちゃったし。いつまでも寝ていたら、優秀な後輩に先を越されて第一秘書の座を取られちゃうかもしれないでしょう?」
 さくらは腕を組み斜に構える。優秀な後輩といえば櫻井のことだ。実際彼はさくらが休んでいる間、第一秘書代行を務めていた。さくらは彼の仕事ぶりを、さっきまで柵矢から聞いていたのだ。
 だが美春は掌を横に振り、苦笑いで否定する。
「そんなことないですよぉ、係長が十人いたって、さくらさんには敵いませんって」
 アハハと笑い、さくらを擁護するが、当のさくらはにっこり笑って美春の背後に話しかけた。
「だそうよ。じゃぁ、十一人ならどうかしらね」
 嫌な予感にドキリとしながら振り返ると、美春の背後には、いつの間にか櫻井が眉を寄せて立っていたのだ。

「お、おはようございますっ、係長っ」
 焦りを隠せないままに挨拶をすると、櫻井は寄せていた眉を解放してにこりと笑う。
「おはよう、光野女史。そうだね、僕が十人いたら君の指導も十倍にはかどって良いのかもしれないな」

(いいえっ、けっこうですっ!)
 心の中で力強く断りを入れる美春が瞬時に思い浮かべたのは、十人の櫻井に囲まれて、丸めた資料で頭をポコポコポコポコ連打される姿。
 だが、その発想の有りえなさを、美春は嘆く。
(ここまで考えちゃうって……私、重症……)

 赤くなった次に青くなる美春を眺め、クスリと笑うさくらに、櫻井が話しかけた。
「おはようございます、さくらさん。具合はもう良いんですか?」
「ええ、大丈夫よ。大したことじゃないから。それよりも、休んでいる間、櫻井君には随分と活躍してもらったみたい。会長も褒めていたわ。流石ね、有難う」
「いえ、そんな。さくらさんの代行など、僕には大き過ぎる仕事でしたが、柵矢室長に推薦してもらえて……」
 さくらに褒められて嬉しかったのか、櫻井の口調に微かな“照れ”が混じった。しかしそれを聞き逃さなかった美春に好奇の目で眺められ、口調を改める。
「ルドワイヤン社長も心配していらっしゃいましたよ。今日は開発部の視察にいらっしゃいますから、さくらさんの元気な姿を見たらきっと喜ばれるでしょう」
「社長が? それは光栄だわ。是非お礼を言っておかなくちゃ」
 心配してもらったお礼を言うと決めたさくら。
 しかし、何故かその口調には苛立ちが混じっていた。

 そして、仕事を開始しようとオフィスを出た美春が、彼女の言動に苛立った櫻井に、丸めた資料でいつもより五回以上多くポコポコと頭を連打されたことは、言うまでもない。
「ぱっ、パワハラですよっ」
「上に対する態度が成ってない。愛の鞭だ、有難く思え」
「係長の愛は嫌味っぽ過ぎます」
「何だ? もっと優しくて濃厚な愛でも欲しいのか?」
「係長の“優しくて濃厚”は、怖いほどセクハラ感で溢れてるっぽいから要りませんっ」
「その前に、やらん。馬鹿者っ」

 再び頭をポコポコと連打され、「やめてくださいよぉ」と反抗する美春。
 兄妹喧嘩のようにじゃれるふたりを、通り過ぎる社員達は「仲良いなぁ」とばかりにクスクス笑いで眺めていく。
 年始め、新年会後の一期間ではあるが、“専務がいながら、櫻井主任とも付き合っているらしい光野さんの不貞疑惑”なるものが持ち上がったほどの仲の良さだが、誤解も解け、櫻井も結婚した今では、ただの上司と部下がじゃれているとしかとられてはいないようだ。

 この後、美春が専務室に飛び込み「櫻井係長がいじめるっ」と学に言い付け、その様子のおかしさに学が軽く笑い上戸を発動させてしまうという……、いつもの朝が、始まるのだ。


*****


 出されたコーヒーは、少々苦目だった。
 彼女が淹れたにしては納得がいかない。アランはカップを手にさくらを見上げた。
 視察前のひと時、応接室で待機をするアランとグレースにコーヒーを持って来たのはさくらだ。体調は良くなったのかと尋ねるアランに笑顔を持って応えたさくらだが、彼がコーヒーを口にし不審な表情を見せると、彼女の穏やかな表情にも翳が落ちた。
「社長……、お聞きしたいのです」
「なんだい?」
「来社初日に、私が頂いた、社長専用のサプリメントの成分を、教えて頂けませんか?」

 もしかしたらアランは、何かを感じ取ったさくらに、それを訊かれるだろうと予測していたのかもしれない。
 彼はフッと口角を歪め、人差し指を顔の前で振り、嘲笑を含む厳しい口調で言い放ったのだ。

「トップシークレットだよ。さくら」







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