理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第5章1(お嬢様参戦)

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「一伯父様は、会社に来ていらっしゃるのですか?」
 ピンク色の花びらが、白いティーカップに添えられる。琥珀色の液体が花びらに触れると、香液の表面が微かに揺らめいた。
 どこか倒錯感が漂うそんな光景を眺め、美春は思わず小さな吐息を漏らす。
(……綺麗だなぁ、紗月姫ちゃん……。最近、以前より綺麗になったよね……)
 彼女の唇がティーカップに触れ、紅茶が流し込まれる。そんな単純な光景さえ、美しい絵画を見ている気分になる。場所などは関係ない、それは例え、豪奢なティールームであろうと、この専務室の中であろうと同じなのだ。
 そして間違いなく、彼女の魅力を増大させる原因を作っているのであろう人物がいる。

 美春はソファ越し、紗月姫の後ろに控える神藤へツツツッと近寄ると、冷やかすように肘で彼をつついた。
 「何か?」と言いたげに神藤は首を傾げる。思い切り冷やかしてやりたいくらい楽しい気持ちに襲われるが、その行動は紗月姫の向かい側に腰を下ろす学によって遮られた。
「おー? 美春が神藤さんに手を出してるぞ」
 その瞬間、芸術品はひとりの女性へと変化する。「まさか?」と言わんばかりの勢いで、目を丸くした紗月姫が振り返ったのだ。
「出してない、出してない、出せるはずがないっ、まだ命は惜しいんだからね!」
 冗談だが本音もチラリ。この先、紗月姫と神藤の仲に割り込もうと企て、命の保証を確約される者はいないだろうことは、ふたりを知る誰もが思うところだ。
 
 美春のひと言に軽く笑みを見せた紗月姫と神藤だが、学は大きく失笑した。
「もぅっ……、学っ」
 美春は笑われてしまった恥ずかしさもあり、照れ隠し気味に急ぎ足で学へ近付く。
「自分で振っといて、何ハマッてるのよっ」
 どうやら美春の否定がツボに入ったらしい。肩を震わせ笑いが止まらない学の傍らに寄り添い、彼の背をさする。笑い上戸のツボは、自分では止められないところでハマってしまったらしい。

「学さんは、本当に一伯父様に似てきましたわね。そのうちに生き写しになりそうです。それはそれで素敵ですが」
 一の笑い上戸加減も知っている紗月姫は、楽しそうに笑顔を見せる。すると、後ろから神藤が耳打ちした。
「一様のように、諸事万端において冷静でいられるようになるには、まだ先ではないかと」
「それもそうね。さすがに神藤は良く見ているわ」
 掌を反される見解。紗月姫の意見は神藤次第だ。自分の意見を曲げることなど知らない彼女が、神藤の意見を優先するようになるなど誰に想像が出来ただろう。
 ――正に、愛の力は偉大だ。

 滅多にもらえない紗月姫からの賛辞を簡単に却下され、学は不満を動機に笑いを抑えた。
「あーあ、毅然凛然がトレードマークの辻川の宝刀も、すっかり幸せボケだな。神藤さんの言うがままじゃないか」
「当然です。神藤は間違ったことなど言いませんわ。そういう学さんだって、相変わらずの慢性的な幸せボケとお見受けしますわ。美春さんが言いたいことはすぐに分かるでしょうし、彼女の意見は何よりも優先するでしょう?」
「当然だ」
 前屈みだった身体を起こし、学は傍らに付き添っていた美春を抱き寄せると紗月姫を指差した。
「たとえば今、紗月姫ちゃんが紅茶を飲む姿を見て、紗月姫ちゃんが以前よりも綺麗になっていると気付き、その原因であろう神藤さんの横へ近寄って思わず冷やかしてしまった……なんて気持ちも、全部分かるぞっ」
「まっ、学っ」
(あんたはエスパーかっ)
 行動パターンをしっかりと読まれ美春本人は動揺するが、話を振った紗月姫本人は違う件で学に意見した。
「人を指差すものではありませんわ!」

 紗月姫の意見に同意とばかりに、美春は学の腕をポンポンッと叩く。指を引っ込め美春の肩を放すと、学は鼻で息を抜き、深刻にならざるを得ない状況に沈痛な面持ちを表した。
「まぁ、確かに……、父さんみたいにはまだ成れないな。こんな状況下で、いつも通り冷静に仕事なんか出来ないんじゃないかって思うよ」
 学にしては謙虚な言葉に聞こえるかもしれないが、場合が場合だ。恐らく誰でもそう思うだろう。
「今日も、父さんは普通に仕事をしている。昨日もだ。普通に、いつも通りにこなしていく。母さんがあんな状態だなんて、あの人を見ていたら誰にも想像は出来ないだろう」

 金曜の夜から眠り始めたさくらは、週を越し、月曜を迎えた今日になっても目覚めてはいない。
 大切な妻の一大事ではあるが、一の冷静な対応ぶりは、ふたりの夫婦仲の良さを知る者にとっては痛々しいほどだ。
 前回と同じく第一秘書代行に櫻井が就き、いつも通りに仕事をこなしている。

「心中穏やかではないはずなのに、それを一切感じさせない。――実際、俺にはまだあの冷静さを持ててはいないと思うよ。……もしも美春が原因不明のまま眠り続けてしまったら……、仕事なんか手に付かないだろうからな」

 心中穏やかではないのは、学だって同じはずだ。それでも、彼だってきちんと仕事をこなしている。
 学だって充分に冷静に対応出来ているだろう。「凄いよ」の気持ちを込め、美春は学の肩に手を置いた。
 すると学が美春の肩を抱き寄せたのだ。
「サンキュー美春、褒めてくれて」
 美春の気持ちを察し、その思考パターンさえ読めている彼としては雑作もないことだが、それでも美春は察しの良過ぎる彼に苦笑いを漏らさずにはいられない。

 人差し指の先で唇を小さく叩き考え込んだ紗月姫は、何かを思いついたように学へ問いかけた。
「――光野博士は、何か言っていますか?」

 普段、紗月姫は大介のことを、「光野室長」と呼ぶ。
 彼女は研究者としての彼に、何か提言を求めているのだ。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第5章、スタートいたします。
 またしばらく、お付き合い下さいね。

 さくらさんが再び異常を起こし終了した第4章。
 その原因を模索する面々ですが、身内の一大事ですから、もちろんお嬢も参戦します。
 お嬢が出てきちゃったら、あっという間に解決しちゃいそうですが……。まぁ、そうはいかないぞ、ということで。(笑)
 相変わらずしゃしゃり出ては美味しい場面を持って行く彼女も、お楽しみ頂ければと思います。

 大介さんは研究者ですが、医者ではありません。
 なのに、彼に見解を求めるお嬢は何を思いついたのでしょう。
 第5章では、さくらさんの身に起こった異常の原因と、そして、相変わらずアランが、皆様に嫌われそうな怪しい行動に出てくれます。(←既に嫌われ役)

 宜しくお願い致します!





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