理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第5章3(か弱き乙女?)

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「もちろん、何か分かった際も勝手には動きません。学さんにご報告いたしますわ。
 学に安心を促し頬笑みを浮かべるが、肩越しに神藤を振り返った瞬間、紗月姫は“宝刀”の表情に変わった。
「神藤。私のお付き達は、今頃何をしているかしら」
 何を今更と言わんばかりの余裕を見せ、神藤は微笑む。
「お嬢様からの至上命令を待っております」

 満足げな笑みを浮かべる紗月姫を前に、美春は絶対的な威圧感を感じ取る。
 春に大きな事件があって以来、長年想い続けてきた神藤と結ばれたお陰もあるのだろうが、紗月姫の持つ雰囲気はとても柔らかくなったように思っていた。
 不思議な聡明感と秀麗さで包まれていた彼女は、あれからまるで何かが身体から抜け出てしまったかのように、現実的な美しさを見せる女性へと変化していったのだ。
 近寄り難いヴェールが外れ、女性の穏やかさを身に付けた彼女を見て、今まで通り次期総帥としての威厳を持っていられるのだろうかと不安にさえなった。
 けれど、美春は思い直す。
 紗月姫は何も変わってはいない。
 生まれついての高潔さと、大財閥次期総帥としての矜持(きょうじ)はそのままだ。

「アラン・ルドワイヤンについて、ロシュティス社での彼を調べて」
「プライベートはよろしいのですか?」
 下される命令に神藤が確認を入れる。紗月姫が口にしていないのだから、以前までの彼ならば、ただ彼女が口にした件のみに従っていたはずだ。
 “主人”に意見をするなど、考えられない。だが紗月姫は、厳しい表情をふっと緩めた。
「――神藤が、必要だと思うなら」
「かしこまりました。――お時間は、いかほど頂けますか? 日本国内の検案ではありませんので、いつもとは違うそれなりの“壁”が御座います。僅かなお気持ちを頂ければ、お付き達も安心して臨めるかと」
「もちろんよ。いつもみたいに三十分やら一時間で、なんて言わないわ」
 紗月姫はとても可愛らしい表情でクスリと笑う。美春ばかりではなく、これには学も「良い顔するようになったなぁ」と満足げな笑みを浮かべたほどだ。
 学の気持ちさえも懐柔するほどの良い笑みを見せたのだから、きっと彼女は数日間の猶予をお付き達に与えるだろう。何の疑いもなくそう考えた美春だったが、紗月姫は微笑んだまま指を二本立てて見せたのだ。

「二時間あげるわ。充分でしょう?」


*****


 お付き達に神藤が指示を出した姿を確認して、紗月姫は「楽しみだわ」と嬉々としながら専務室を出た。
 少々遅れは取るものの、邸へ戻れば神藤も調査に加わり、得られた全てを取りまとめる。
 彼女が指定した二時間の間に、どれだけの情報と特権が飛び交うことだろう。それらをまとめて報告される瞬間が、紗月姫は楽しみで堪らないのだ。

「相変わらず、凄いよね……」
 そして美春は、そんな紗月姫を見るたびに溜息を漏らさずにはいられない。
「いつもながらの威厳と貫録。あれが、十八歳のか弱き乙女だなんて、信じられないわ……」
「――美春、一部分、言葉を間違っているぞ」
 カップに残っていたコーヒーを飲み干し、ソファの背凭れに身体を沈めて学は異論を唱える。すかさず美春は紗月姫を庇った。
「なによぉ、か弱き乙女でしょう? まだ十八歳なんだから。そ、そりゃぁ、あの貫録に“か弱き”は無理があるのかもしれないけど……」
 “か弱き乙女”が使ったカップを片付けようと手に取り、もしかしてあまり庇っていないかもしれない事実に気付く。だが、学は別の部分にチェックを入れた。
「違うっ、そこのところじゃなくて、“乙女”のところ。紗月姫ちゃんはヴァージンじゃないから“乙女”は違う」
「そっ、そんなのどうでもいいでしょうっ。まだ十八歳だから“乙女”でいいのよ!」
 紗月姫の前でこんな言い争いをしたのなら、本人よりも神藤からひと言飛んできそうだ。

 ひとしきり言い返し、美春は学の傍らに立ったまま溜息をつく。
「でも、本当に凄いって思うのよ。洞察力も行動力も。……いつも学を見ている私から見たって、感心せずにはいられないわ」
「……まぁ、公表こそ控えられてはいるが、あの子は常識以上のレベルで知能指数も高い子だし、それを踏まえて考えればそれほど“不思議ちゃん”でもないさ」
「学も高かったよね。それ以上なの?」
 首を傾げる美春に、腕を伸ばして指先を曲げ「こっちおいで」のゼスチャーを取る。片付けようと持っていたカップをテーブルに置き、顔を近付ける美春の耳元で学はひと言呟いた。

「……は?」
 不思議そうな声をあげ、美春は目を丸くする。本当に常識以上過ぎる数字を耳にしたせいだろう。
「からかってる?」
「本気。実際、子供の頃にアメリカでもチェックテストを受けてる」
 美春は唖然としたまま学の横へ腰を落とした。「びっくりしたか?」とニヤニヤする学の頭をペシッと軽く叩き、「うるさいっ、この天才一族めっ」と文句を言ってから、ハァッと小さな溜息をついた。
「……思えば……、生まれた時からあの高潔さを身につけていなくてはならない身分だもんね……。生まれついての天才かぁ……、それだもん、“あの頃”から、何ひとつ彼女に敵わなくたって当然なんだわ……」
 何の話かと首を傾ける学に、美春は苦笑いをして見せる。

 美春の脳裏に蘇るのは、四年前、初めて紗月姫に出会った日のことだ……。







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