理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第5章4(過去の思い)

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「紗月姫ちゃんに会ったのは、彼女が十四歳になる年で、学の二十歳のお披露目パーティの時だったわ。私は、初めて関係者の前で婚約者だと紹介されて、その後、挨拶に回ってくる人達の対応にただ必死だった。……三十分で気疲れしてしまって、……動けなくなって……」
 当時、今よりずっと精神的にも弱かった美春を思い出し、学は目元を和め彼女の頭を抱き寄せた。
「……私が休んでいる間の対応を、全て紗月姫ちゃんがやってくれた。とてもスムーズに、手際良く。……たとえ、特権階級生まれ育ち、ああいった場に慣れているのだとしても、……十四歳の存在感の大きさは、私に、凄く強い脅威を与えた……」

 幼い頃から可愛らしく誰からも好かれ、頭も良く素直で、学が陰で守り続けていたお陰で、幼少期は余計な敵を作ることも大きな災難に遭うこともなかった美春は、コンプレックスや挫折というものを知らずに育った。
 温かな環境の中、守られるだけの柔らかい心の中に投げ込まれた氷柱。――それが、紗月姫という少女の存在だったのだ。
 絶対的なカリスマ性が放つオーラは、美春に、学の妻になってこの世界で生きていくという自信さえも失わせた。

「でも紗月姫ちゃんは、段々と美春に懐いていっただろう?」
 抱き寄せた頭をポンポンッと叩き、学は柔らかな栗色の髪を指で悪戯する。
「あの子は、幼い頃から人間というものが“読める”子だった。特権階級に生まれ付いたから、人の言動を上手く読み取る根本的な洞察力がなくてはいけないという事実以前に、この世界に生きている物、声なき物の心まで、全て感じ取れるかのような感覚の鋭い子だったよ。そのうえで、自分の気持ちを晒すのは極一部の人間にだけだ。……そう考えれば、紗月姫ちゃんは今、とても美春に懐いているだろう?」
 美春は自信なさげな瞳で学を見上げる。藍色の瞳の奥で揺らめく不安を、学は頬笑みで取り去った。
「美春は気付いていないのかもしれないけど、美春は何度も紗月姫ちゃんを助けている。彼女を癒し、慰め、叱責し、彼女が女性として成長する為の手助けをしている。……だから、紗月姫ちゃんは美春にとても懐いているんだ。……『敵わない』なんてことはない。上に見る必要もない。その証拠に、紗月姫ちゃんは“信頼を置く”という形で、美春の存在を認めているだろう?」
 信頼されているという嬉しさが、美春の瞳を潤ませた。
 学は彼女の瞼に唇をつけ、深いトーンで囁きかける。
「……これからもあの子を、見守ってやってくれよ……。“お姉さん”」

 学のスーツを握り「うん」と表情を和めた美春を見て、学は軽く笑い声をあげた。

「紗月姫ちゃんの“美春好き”は大変なものだぞ。この先、美春に何か一大事が起こったら、俺よりも彼女の方が頼りになるかもしれないな」


*****


 タクシーのエアコンが効き過ぎていた……。
 照りつける午後の陽射しに手をかざし、エリはふぅっと溜息をつく。
「あつっ……」
 日傘を持って行けば良かったと後悔もしてみるが、長い時間外を歩く予定もなかったのだからしょうがない。さくらの様子を見に病院へ行った時もタクシーだったのだし、帰りに近くのジェラート専門店でテイクアウト用のセットを買いに寄った時も、病院からタクシーに乗り、店の前で待っていてもらったのだ。あとはそのまま、家の前まで乗っていく予定だった。
 だがエリは、高級住宅街の入口にある公園の前で、タクシーを降りてしまった。

 理由はタクシーのエアコンだ。
 「いやぁ、暑いですねぇ、もう少し冷やしましょうね」ニコニした顔が優しい運転手は、エアコンの温度をどんどん下げていく。
 「そんなに下げないでいいですよ」と言えば良かったのかもしれないが、運転手はかなりの巨漢で、冷えた車内にいるのに玉のような汗をかいている。体型的にしょうがないのかもしれないが、エリはそんな彼に「エアコン止めて」などという、生死に関わりそうな言葉はかけられなかったのだ。

 タクシーの中が涼しかった分、暑い外気が肌に刺さる。
 薄いシフォンのショール下に控える白い腕が、暑いのか寒いのか分からなくなっているまま、フレンチスリーブの肩口を掌でさすった。
「あ……、一真、今日は家庭教師のバイトだっけ」
 ふと思い出して、片手に持つカラフルな箱を見詰めてしまう。
 中にはカップジェラートが四つ。いつものごとく美春は帰ってくるか分からないし、大介も遅いかもしれない。それでも家族人数分を買ってしまったのだが、加えて一真も遅いとなれば、もしかしたらこのデザートはひとりで食べることになってしまうのかもしれないのだ。

「……しょうがないかぁ……」
 苦笑いを浮かべ、エリは足を進める。
 慣れたことであるはずなのに、彼女の心の中に何か物悲しく涼しげな気持ちが吹き込んだ。

 こんな気持ちになるのは久し振りだ。
 昔、連日こんな寂しい気持ちに襲われ続けた時期があった。しかしあれは二十年以上も前だ。まだ美春も生まれてはいなかった……。
 あれから一度だって、こんなにも寂しくなったことなどないのに……。








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