理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第5章5(25年前の孤独)

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「どうしたんだろう……、私……」
 忘れたはずの哀愁が身体を包み、エリは自嘲する。
 大切な家族が幸せであること、それが、エリにとっても何よりの幸せであるはずだ。
 今は誰も不幸である者などいないのに。

 さくらの件があるからだろうかとも考える。
 大介が一と幼馴染である関係で、さくらとは結婚前から仲が良かった。結婚後に数年この地を離れたが、戻ってからは家族同様に仲良くしてきたのだから。
 それに、さくらの症状を案ずる一が、どれだけ切ない思いをしているだろうかと考えれば、胸が痛む。

 ――――しかし……。

(違う……)

 エリは視線を徐々に下げ、歩調が緩やかになってしまったサンダルの爪先を見詰めた。
 昔を思い出して物悲しくなってしまったのは、その“昔”を思い出させる人間に再会してしまったからだ。

 もう二度と、出会うことなどないだろうと思っていた人物。
 それもその人は、夫と娘の仕事においてとても重要な人物として現れた。
 エリの記憶が、断片的な過去を探り出す。それは、二十五年前のとある時期で停まった。

 そこに見えたのは、金髪交じりの明るいブラウンの髪。子供の頃は青かったという瞳が、暗くブラウンがかってきたのは思春期である証拠。明るくちょっと気障な、二つ年下の少年。
 ――初めて出会った時、アラン・ルドワイヤンは十七歳だった。

 帰国子女としてフランスから日本へ帰り、十三歳で出会った大介と、高校を卒業してすぐに結婚をした。
 大好きで大好きで堪らなかった大介。これからはいつも一緒にいられるのだと幸せに包まれたのも束の間、それは理想でしかなかった事実を、エリは思い知る。
 本来、葉山本社への入社が決まっていたはずの大介は、小さな傷害事件に巻き込まれたせいで、地方の研究室支部勤めを余儀なくされた。
 事件の原因を知っている一は、すぐにでも大介を呼び戻したがったが、会社としての世間体もあり、一の一存では不可能だったのだ。
 本社へ戻る為には、研究者としての実績を上げるしかない。大介は学生の頃から力を入れていた論文に更なる力を入れ、自分の研究にも心血を注いだ。

 支部がある土地は初めて来た所であるうえ、周囲には知人が誰ひとりとしていない。大介は毎日帰りが遅く、時々研究室に泊り込んでしまうこともあった。
 結婚して一年目という、ただ楽しいはずの新婚時代。エリは何度、ひとりきりの寂しい食卓を涙で濡らしただろう。

 「ごめんな、エリ。毎日遅くて」元々優しい大介は、彼女が寂しがっているであろうことを何度も気遣った。ここでエリが「大介がいなくて寂しい」と泣けば、きっと彼は、研究や論文にかける時間を半分に減らしただろう。
 学生時代から教授達にも期待され、彼がどんなに優秀な人物であったのか、エリは知っている。元の場所へ戻りたがっているエリの為に、彼を呼び戻したがっている一の為に、何といっても自分の研究に対する情熱を最大限発揮する為に、彼自身が本社へ戻りたがっていることも、もちろん、痛いほど分かっている。

 「大丈夫だよ。大介が頑張ってるんだから、私も頑張らなきゃ」

 ――――だからこそ、彼の前で、泣くことは出来なかった……。

 大介の為にも泣いてばかりいてはいけない。
 前向きに考えていこうと気を紛らわせる意味も込め、エリは帰国子女である利点を生かして日本語スクールの講師を引き受けたのだ。
 このスクールは、公用語ごとに生徒のコースが振り分けられている。エリはもちろんフランス人コースを受け持った。
 五人前後の生徒数。それでも入れ替わりは多く、小さな子供から祖父の年代に至るまで男女さまざまな生徒がいて、エリは毎日が楽しくなった。

 その中に、当時、スイスとの交換留学生だったアランがいた。
 スイスには公用語が四つある。アランはフランス語圏の人間だったのだ。

 歳が近かったせいもあるだろう、エリとアランは特別親しかったようにも思う。
 日本語を教えながら、時にふたりでフランス語で話し、冗談を言い合った。

 講師として人と接し、毎日が笑い声で満たされ、エリは泣くこともなくなった。
 それでも、心の根底に吹き込む寂しさの風がやむことはない。
 大介と一緒にいられない寂しさを押し殺し過ごしていたある日……、それは、起こった……。


 考え事をしながら進めていた足が、ふと止まる。
 見つめていた爪先の前に、別の靴先が見えたからだ。
 もしかしての予感と共に、エリは顔を上げる。予想が当たっていたのは、目の前に立ち止まっている男性を見て、すぐに分かった。

「おかえり。ma cherie(マ・シェリー)」

 そこには、ふたりの間でしか分からない、特別な冗談を飛ばすアランが、立っていたのだ……。








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