理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第5章10(クライン・レビン)

 ←第5章9(難局の予感) →第6章1(嬉しい知らせと危険な話)

「何だか、紗月姫ちゃんの顔を見るのは久し振りのような気がするわ」
 そう言ったさくらは、直後、片方の肩を竦めてはにかんだ。
「私が寝てばかりいたせいなんでしょうけど」
 ベッドのリクライニングを上げ、ゆったりと寄り掛かる彼女は脱力気味だ。だがそれは眠り過ぎたせいではなく、紗月姫が到着する数分前まで食事を摂っていたからだ。
 今回は以前目覚めた直後のような過食ぶりは見せなかったものの、それでも、通常時の定量よりは多かったようで「食べ過ぎてお腹いっぱい」と脱力中なのだ。

 学と大介が病院に到着し、十分もしないうちに紗月姫が神藤と共に到着した。
 男性陣が親族用控室へ移動する中、紗月姫はさくらと話をする為、しばし病室へ残ったのだ。

「でも、さくら伯母様が本当にお会いになりたかったのは、私ではなくて美春さんではありませんの?」
「美春ちゃんにも会いたいけれど、会社に行けば顔は見られるわ。その点、紗月姫ちゃんは顔を見たい時に会える人じゃないから、来てくれて嬉しいの。ごめんね、せっかくの夏休み中なのに煩わせて」
「伯母様……」
 冗談のつもりだった拗ねた台詞は、さくらの穏やかさに諌められる。頭を撫でてくれる彼女の手は優しく、とても温かい。幼い頃からこの慈しみに溢れた心を感じるのが、紗月姫はとても好きだった。

 大切な身内。
 だからこそ、さくらを迷わせようとしているなにかが許せない。それが、紗月姫の本音なのだ。

「伯母様、お聞きしたいことがあります」
 紗月姫は笑顔を崩さぬまま、頭から離れていくさくらの手を取り、両手で握り締めた。

「先週月曜日、ミスター・ルドワイヤンの対応をしていらっしゃる際、彼に何らかのインジェクション行為、若しくは薬剤の服用を勧められませんでしたか?」


*****


 一を驚かせたさくらの退行現象は、ほんの十五分程度のものだったという。
 徐々に本来の自分に戻ってはいったが、その間、彼女は朦朧とした意識のまま自分が十四歳の少女であることに疑いを持ってはいなかっただろう。
 そしてその後、前回と同じ過食症状を見せた。
 控室で一からさくらの様子を聞いた面々は、揃って言葉を失った。それは恐らく、この症状について、皆がまさかとは思いつつも同じ可能性を疑っていたからだ。
 だがひとりだけ、疑いでは無く確信を持っていたのが紗月姫だった。彼女は重苦しい沈黙の中に一石を投じたのだ。

「さくら伯母様は、初めてこの症状を起こした先週、ミスター・ルドワイヤンに薬剤の投与を受けています」

 考え込んでいた、一、大介、学の三人が同時に彼女へ視線を向ける。話の始まりを計ったかのように、紗月姫の後ろに控えていた神藤が手にしていた紙を三人へと配り、ひと言付け足した。
「貰ったであろう薬剤は、ミスター・ルドワイヤン自ら調合した、こちらのサプリメントかと思われます。彼専用であり、もちろん非売品です。見て頂ければお分かりでしょうが、特別危険性のあるものは使われてはおりません」
 紙にはサプリメントの成分や配合などがプリントされていた。「これを調べたのは神藤さんかい?」という学の問いに、彼は頬笑みを持って「はい」答える。当然ネットワーク系に忍び込まなくては調べられないことだが、彼の仕事に信用を見せ、次に学は厳しい視線を紗月姫へ移した。
「……まさか、これを見せて終わりではないね? 社長専用の情報にまで潜り込んでいるんだから。――何を知った?」
 早く言えと言わんばかりの口調に、珍しく学の焦りが見える。それを感じた紗月姫は、悪戯にニヤリと口角を歪めてみせた。
 
「学さん、正直にお答えください。貴方はこの症状の可能性を、どう探りました?」

「――周期性傾眠症だ」

 わざとはぐらかした言葉を使う学に、紗月姫はクスリと笑みを漏らす。だが、そこから大介へと視線を移し、彼の様子を探りながら話を進めたのだ。

「周期性傾眠症。……クライン・レビン症候群、別名“眠り姫病”といわれる、世界でも千例ほどしか報告のない奇病ですわ。薬物治療も、確立された治療法もありません。――こんな説明をしなくても、皆さんはお分かりだと思いますが」

 聞いているうちに、自然と力が入ったのだろう。大介が手にしている紙が、ぐしゃっと音を立てた。
 彼の目は紗月姫を見てはいない。記憶の中に仕舞った遠い過去を見ているようだった。

「この奇病は、思春期に起こり、自然治癒をする例と、一生治癒しない例とがあります。初期に幼児性が出たり、過食になったり、この点はすでに伯母様にも見られるようですわ。今のところ二日間程度の眠りを繰り返していらっしゃるようですが、半年眠り続けたという例もありますから、これからどうなるかは分かりません。ただ、不思議なのは、何故今になって発症したかということです」
「紗月姫ちゃんの前振り通りなら、アラン社長が何かやった、ということじゃないのかい? この紙は何のために渡したの?」
 先に渡された成分表を顔の横で振り学が誘いをかけると、彼女はチラリと学を見てから再び大介を探った。

「この成分表に記載されたもの以外を、伯母様が投与されたとしたらどうでしょう? 例えば、クライン・レビンを悪戯にも故意に発症させられる発病促進物質を。――そう考えると、さくら伯母様の異常も納得できるのではないのでしょうか? 光野博士?」
 呼びかけに意識を現実へ戻し、大介は紗月姫に目を向けた。
「……それを、アラン社長が、開発したということかい?」
「彼が開発したのではありません。彼は、“真似をした”のです」
「真似?」
「この物質は、二十五年ほど前、すでにとある研究者によって開発されています。世間に発表される前、学会関係者を騒然とさせた発見でした。もちろんそこには、発症を抑える為の抗体の存在もあった、完璧な研究です。――ですが、この研究と論文は、発表をされる前にもみ消され、日の目を見ることはなかったのです。理由は……“危険過ぎる研究”だったからです。この研究の裏には“人獣共通感染症”という、凄く危険な睡眠病がついて回る。……若き研究者の、世界を動かすかもしれなかった発見は、闇に葬られました。……研究者の、名前と共に」

 紗月姫を見詰めたまま、誰も口を出さなかった。誰もがその事実を“知っている”からだ。

「そしてその研究者は……、葉山製薬の人間です。この事実を知っているのは、ほんの一握りの人間。片手で足りる数でしょう。――ミスター・ルドワイヤンは、それを知っています。彼が今回視察に訪れた目的は、葉山製薬の視察をするという他に、この物質の研究を進めること」

 紗月姫の視線が学へと移る。突き刺すようなふたつの視線が絡まると、彼女は学の瞳の色が変わってしまうような真実を突き付けた。
「ミスター・ルドワイヤンが発症物質を与えようとしていたのは、元々、さくら伯母様ではありません。……美春さんです」

 学が息を呑む音が、静かな部屋の中に響いた。


 恐ろしい可能性と思惑が動いている事実に、彼はやっと気付いたのだ――――。







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**********

後書き
 こんにちは。玉紀直です。
 不明だったさくらさんの異常。その症例がハッキリとしたところで第5章終了となります。
 お付き合い頂き、有難うございました!

 お嬢が参戦して、お話は一気に進みました。
 さくらさんの奇病、そして、元々の標的が美春ちゃんである事実、学君と大介さんの動揺を誘ったまま、物語は第6章へ進みます。

 症状をハッキリとさせなくてはならないラストだったので、少し説明が長くなってしまいました。
 第6章では、更にこの事実を美春ちゃんが知ることになります。
 以前の活報にも書いたのですが、早くプロローグからの折り返しへ行けるように頑張りますね。
 今回も、今日中か明日にでも活報をUPしますので、覗いて頂けますと幸いです。^^

 第6章も、宜しくお願い致します!

*第6章は、12月17日からになります。





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~ Comment ~

直さん、こんばんは(*゜▽゜)ノ
第5章お疲れ様でした&ありがとうございました♪(遅い(^^;))

お嬢登場でぐっと話が進んだ気がします。流石お嬢、仕事が早い(笑)
近頃の沙月姫チャンは、恋する可愛い乙女だったので、久々にこんな沙月姫チャンがみれて嬉しかったー(*^▽^*)

アランとエリの関係もなんだか気になりますね。大介サンも…
みんな過去に何があったんだーーー←叫ぶな(笑)

謎が謎をよぶ展開…今日から6章開始かな?
楽しみにしてますね(*^▽^*)

みわさんへお返事です12/17

みわさん、おはようございます!(`・∀・´)ノ

 第5章、お読み頂き、有難うございました!
 お嬢が出てきてくれて、やっと話が進んだ? っていう印象ですね。(^^ゞ
 らぶい紗月姫ちゃんも良いのですが、やっぱり私もこんなキリッとした彼女が好きです。

 とにかくプロローグでドカンとやり過ぎた感が大きいので、早くそこまで話を進められるようにしたいです……。
 どうかどうか、お付き合いにほど、宜しくお願い致します。

 第6章、始まりました。^^
 また頑張ります。

 有難うございました!

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