理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第6章2(変わらない約束)

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「二十五年前だ。俺も生まれる前だぞ」
 信の期待は裏切られる。
 学の言葉は存知の否定。しかし信は了解の相槌を打たない。
 そして、彼の気持ちに応えるように、学の回答は付け足された。
「明確に当時の事情を知っているのは、父さんと、お爺様、……そして……、『光野博士』くらいじゃないかな」

 信は学の言葉に眉を寄せると、射るような瞳をふっと緩めた。
 確信があっても、学がハッキリとは口に出せない、探求出来ない理由を悟ったからだ。

「……美春さんは、もちろん知らないんだよな?」
 その質問に、伏せていた学の顔がやっと上がる。不安げな信の表情を見て、学は苦笑いをした。
「出来れば、知らせずに解決したいところだ。……だが、紗月姫ちゃんの調査によれば、本来ならば促進物質の標的にされたのは美春らしい」
 信は何も言わない。ただ学から出る言葉を待った。
「スイス本社で、社長が専用で使用している研究室データーを、神藤さんがハッキングした。“ミハル”と被験者名が記された隠しファイルが見つかっている。――美春には何も知らせたくはないが、……限界があるかもしれないというところだ」
 腕を解き、信のデスクへゆっくりと歩み寄る。片手をデスクに置き、学は視線だけを信に落とした。
「だから、俺は美春を守る。――それはいつもと同じだ。何も変わらない」

 学の瞳は、研ぎ澄まされた刀身のようだ。そこに美春が絡むと本物の凶器になることを、信はよく知っている。
「その言葉を待ってた」
 怯む様子も見せずに学の凶器と視線を絡め、信は口角を上げる。
「それならオレはお前の力になる。――それはいつもと同じだ。何も変わらない」

 口調を真似る信に、学は嬉しそうな笑みを向けた。
 自然と出た右手同士がパンッと打ちつけられ軽快な音を立てると、そこでいつもの約束が確認される。
 いつでも信は、学の右腕となり力となる。ふたりの間で当然のように組み込まれた暗黙知。

「嬉しい結果が出た日だったってのに、物騒な話で悪かったな」
 学は肩でひと息つくと、信の手からメロンを取り上げた。
「オレのメロンに何をする」
「ハハッ、お詫びに切って用意してやるよ。本当は涼香さんにやってもらいたいだろうけどな。俺、種取るの上手いんだぞ。美春のお墨付きだ」
「おーっ、天下の葉山の御曹司にご用意して頂けるとは、恐縮でございますねぇ。あっ、でも、種は別に取んなくてもいいぞ。あの種が付いてる部分のフニャフニャした実のところって、すっげー甘いだろ?」
「分かるけど、種は取るだろ? なにもそのまま食べなくても」
「特に意識して取らないぞ。せっかく甘いのに、無駄に捨てる必要もないだろ」
「取れ。充分に実が甘いんだから良いだろう」
「やだよっ。坊ちゃんの食べ方は贅沢で困るっ」
「種を取ると贅沢だって話は初めて聞いたぞっ」
 ツーと言えばカーの仲ではあるが、時々決定的に意見の食い違いを見せるふたり。勿論、育ちと周辺環境の違いではあるが、それでもお互いを認め合っているので決して喧嘩にはならない。
「じゃぁ、ヘタのところだけ切ってやるから、スプーン突っ込んでそのまま食えよ」
「おっ、いいなぁ、やるやる。涼ちゃんだと絶対やらせてもらえないだろうし。『信ちゃん、お行儀悪い!』って言ってさ」
 文句のようだが文句ではない。その証拠に、涼香の話をする信の顔は蕩けそうなくらいニヤニヤしている。

「なんだか、丁度良いものがあるな。この事務所には不似合いだ」
 信のニヤけ顔を横目に、学はデスクの隅にファイルと共に置かれた細長い棒状の器具を手に取った。長さは掌ほどだが、馴染がない者にはこれが何であるか、全く分からないであろう代物だ。
 しかし学にはすぐ分かったようだ。彼は何の躊躇もなく手首を回しスナップを利かせ、二分割された溝付きのグリップから、片刃の刀身をセットして見せたのだ。
「流石だな、葉山。上手いもんだ」
 感心されて調子に乗ったわけではないのだが、学はグリップを回転させながら、刀身を出したり仕舞ったりを繰り返す。グリップを操りながらクルクルと回しセットされるブレードは、続けて見せられると鮮やかな妙技に見えてくる。
 確かにこのアクションがカッコイイとして競技大会などのイベントが開催されていたほどではあるが、あまりの危険性のために、現在このバタフライナイフは有害玩具としての指定を受けている。

「十代の頃、やりあった高校生なんかがよく持ってたな。懐かしいなぁ」
「今考えると、お前、十代の頃、よく死ななかったよな」
 信に呆れられても、学はあっけらかんとして笑い声を上げる。美春を守るために喧嘩が絶えなかった時期がある。指定をされない限り学はいつでも丸腰だったが、ナイフなど凶器を向けられた経験も少なくはない。
 それでも、例え相手に命を奪われそうなものを突き付けられても、学は、美春を守り続けてきた。

 美春のためなら、自分の命などは惜しくない……。

 そう思って生きてきたからこそ、どんな困難でも乗り越えて来られた。

 だが、何故だろう……。
 今回の件だけは、おかしな予感が頭から離れてくれないのだ。

「美春に持たせようか……」
 ポツリとした呟きを聞き付け、信は眉を寄せた。
「何を?」
「バタフライナイフ。護身用に」
「ちょぃ待ち! そんな危ないもんをっ! だいたいそれ、開く時に刃が回るんだぞ! そんな危ないこと、美春さんにやらせようってのか、お前が!?」
「美春は器用で何でもできるからな。きっとすぐに上手く出せるようになるぞ。多分、怖いって思うより先に『わーぁ、コンパスみたーい』とか言うと思うけどな。
「アホかっ」

 おかしな冗談だと責めつつも、学が美春に護身用などと言って何かを持たせようとするなどとは珍しい。
 信もまた、何かおかしな胸騒ぎを覚えずにはいられなかった……。








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