理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第6章3(指導適任者)

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「わーっ、何、何? コンパス? 持つとこ太いねぇ?」
 予想通りの反応に、学は失笑せずにはいられない。
「何よ、学、何笑ってんの? 失礼ねーっ。でも、コンパスにしては大きい? 製図用とか?」
 専務室でひと時の休憩時間。今のふたりはプライベートモードだ。
 学のデスクに両手をつき、彼が差し出している物を珍しそうに左右から眺める美春は、これが何なのかやはり分かってはいない。
 興味津津、楽しそうに眺める美春が可愛くて、彼女を見つめる学も御機嫌だ。
「うん、美春に一本やろうと思って。女性でも扱いやすそうな、柄が細いものを厳選して手配してもらったんだ。届いたばかりなんだぞ」
「えー、何? どうやって使うの? っていうより、本当にこれ何? ……あっ、まさかエッチなことに使う道具じゃないわよね。今日は火曜日だし」
 なかなか正体が分からないので焦れてしまったのだろう。今日が危険日ウィーク明けのデート日だと思い出した美春は、冗談半分にカマをかける。
 だが、学はそれに乗ってしまった。
「そーかもよぉ? ほら、俺達、 道具とか使ったことがないだろう? ちょっと試してみたいな、とか思ってたらどうする?」
 その瞬間、美春の表情が固まった。彼女は勢い良くデスクから離れると、両腕を抱いて身体を固くしたのだ。
「やっ、嫌だっ! バカッ、何っ、道具って! もぅっ、エッチなんだから、やーよ道具なんて! 変なこと言わないでよ、そんな物使いたいなんて、自分のモノに自信満々の学らしくないわよ、恥ずかしいっ!」
 動揺のあまり考えなしに言葉を出す美春だが、学はつい「お前が言っていることの方が恥ずかしいぞ」と言いそうになった。

 学が持っているのは、昨日信の所で見た物よりも小さめのバタフライナイフだ。もちろん今は折りたたまれた状態になっている。
 エッチなことに使う道具だと信じかけている美春の反応が面白いうえ、学にとってはことの他可愛い。喉の奥に溢れる笑いが止まらなくなってしまい、正体を教えてあげたくても教えてあげられない。
 すると、そこに助っ人が現れた。
「専務、櫻井です。入ります」
 ノックと共に開いたドアから、室内の騒ぎを予想だにしない櫻井が入室する。入った途端、自分を抱き締め身体を固める美春が目に入り、「何だ?」と眉を寄せた。
 クスクスと笑い続ける学が、ナイフを櫻井に放る。
「丁度良い。櫻井さんなら適任だ。櫻井さん、“コレ”の使い方、美春に教えてやってください」

「えええっ!?」
 性的玩具と信じて疑わない美春は、吃驚してズズズッと三歩ほど後ずさった。
 片手で上手く受け取った櫻井は、手に取った瞬間それが何であるか分かったらしく、不思議そうに首を傾げる。
「何故こんな物を? ……ほら、光野君、何だか分からないが、使い方教えてあげるから見ていなさい」
「いっ、いいですっ、結構です! だいたい、どうして係長に教えて頂かないとならないんですかぁ!」
「専務は僕が適任だと思ったんだろう? ほら、よく見てなさい」
「いやぁっ! 係長のエッチぃ!」
(何考えてるのよ、学の馬鹿っ!)

 本気で怯える美春を尻目に、櫻井は下部に付くストッパーを外してクルリとグリップを反し、鋭く光る細い刃を出して見せた。
 それを目の当たりにした美春は、目をぱちくりと大きく見開き、自分の勘違いを悟る。
「両刃ですね。握り心地も良くて良質なナイフだ。小さいが適度な重さがあって安定感がありバランスが良い。この質感は国産じゃないですね。流石専務、良いバタフライナイフをお持ちだ」
 経験から品物を見定め、滅多に見られない良品に心が動いたらしく、櫻井は受け取った右手一本で純手逆手と持ちかえながらナイフのブレードを出し入れして見せる。軽やかな手首の動きは、眺める学の笑いを止めたほどの鮮やかさだ。
「流石櫻井さんだ。恐らく手慣れているだろうとは思ったのですよ」
「ハハッ、ここ十年は触っていませんよ。若い頃は近所の文房具店にも安いのが売っているような状態でしたけどね。今じゃ専門的な店に行かないと手に入らない。まぁ、色々と問題のあるナイフなので、無理もない話ですが」
 楽しげに話しながらも手を止めない櫻井は、少々やんちゃだった少年時代を思い出したか機嫌が良い。
 だがそこに、よせばいいのに美春の余計なひと言が入った。
「……『若い頃は』とかって……、係長……、おじいちゃんの台詞みたいですよ。なんだか、年季を感じます……」

 悪気ではないのだが、美春に茶化されて黙っている櫻井ではない。
 彼は笑顔で美春に向き直ると、今度は指全体を使ってグリップを操り刀身を回し始めたのだ。
「ほーら、光野君、使い方教えてあげよう。簡単だからすぐ覚えられるよ」
「嫌です、嫌ですぅっ! 危ない危ない、指切れますっ!」
「大丈夫だよ。ほーら、よっく見ていてごらん」
「嫌ですってば! 係長のサド!!」
「こんなに優しく教えてやろうとしているのに、何を言うんだ」
「どこが優しいんですかぁ!」

 櫻井の善意とは思えない善意から逃げる美春だが、心の底から怖がっている訳ではないと分かっている学は、感心してふたりを眺めた。
「仲が良いな。……ちょっと、妬けるな」

 例え美春が逃げ惑っていようと、彼女が楽しそうならそれで良い。
 学の愛情は、実に明確だ。

 しかし、いくら見事な妙技でも、指でクルクルと刃物を回されては冗談抜きで美春も怖いというもの。
 とうとうドアの手前まで追い詰められてしまった彼女は、そろそろ「いい加減にして下さい!」と反抗してやろうかと身構えたが、この状況を更に悪化させる人物が専務室へ入ってきた。
「しつれいしまーす、専務。須賀でーす」

 楽しい土日を過ごしたらしく、豪くご機嫌な須賀がノックも忘れてドアを開けたのだ。
 だが可哀相なことに、彼の笑顔は美春の陰から覗くナイフを見た途端、凍り固まった……。








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