理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第6章6(デートの予定)

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「さて、楽しみな今夜のデートはどうしようか」
 少々話が深刻になったと感じ、美春の表情が沈んでしまったせいだろうか。学は一転して明るい口調に変え、今夜の希望を彼女に尋ねた。
「また、例のラグジュアリースイートでも取ろうか? プールで泳げば、身体の火照りも治まるかもしれないぞ」
「治まっても良いの?」
「美春に火を点けるなんて、簡単だよ」
 チュッと可愛らしい音をさせて、美春の額にキスをする。そんな学の自信満々な態度が小憎らしくはあるが、正解なので否定も出来ない。だが、デートコースについては却下の態度を見せた。
「あそこはやめておきましょう? ……だって、アラン社長が宿泊しているでしょう? ……何か……嫌だわ……」
 同じ所だからといって、声が聞こえたり、ここでデートをしていると知られる心配があったりするわけではないのだが、気持ち的には何となく避けたいところなのだろう。
 美春の気持ちを汲み取り、学は抱き寄せた彼女の肩をポンポンッと叩いた。
「分かった。じゃぁ、今夜は落ち着けるように、いつものスイートにしよう。ディナーの希望は?」
「出来れば、重くないものがいい。夏の暑さと、このところの緊張で、ちょっと気を抜くと倒れてしまいそう……」
「了解」
 ふぅっと息を抜く美春の顎を掬い、学は唇を近付ける。
「キスは、重くても良い?」
 分かりきった答えを求める彼の口元でクスッと笑息をもらし、美春は「もちろん」と囁いて自分から唇を馴染ませた。

「お母様も目を覚ましたことだし、取り敢えずはひと安心しても良いのかしら……」
 須臾(すゆ)の間、啄ばむ唇が止まる。だがすぐに角度を変え、学は美春の唇を食んだ。
「ひとまず今日は、安心してデートをしよう」

 さくらが目を覚ました話は、昨夜電話で伝えた。戻るのが遅くなってしまったので美春の部屋には行かず、当たり障りのない話だけを聞かせたのだ。目を覚ましたさくらに会いたかったと、美春は少しだけ文句を言った。
 前回は目を覚ましてからすぐに出社をしたが、今度はゆっくりと様子を見るということで、しばらく出社は許されてはいない。
 今日は色々と検査もあるので、会いに行くのは明日という予定になっているのだ。

「学……」
 甘えた声で抱きついてくる美春の柔らかさを感じ、学は彼女の温かい肌に添えられた冷たいナイフに手を当てる。
 願わくば、本当にこれを抜く事態が起こらぬことを、切に願いながら。


*****


「二時間なんて、あっという間ですね。実に有意義で興味深かった」
 ひと息ついて感慨深げに頷くアランは、差し向かいに座る大介へ笑いかけた。
「博士とお話が出来て光栄でしたよ。こちらに滞在中、また是非このような機会を頂きたい。まぁ、博士の御都合がつけばで結構ですが」
 こちらが申し訳なくなってしまうほど下手に出るアランに苦笑をして見せ、大介は勘弁してくれと言いたげに片手を顔の横で立てた。
「ハハッ、『博士』はやめてください、社長。正直、呼ばれ慣れていない。いや、僕などとの話でご満足頂けたなら、こちらこそ光栄です。僕の方こそ、良い刺激になりました」
 相変わらず人の良い笑顔を向けていると、秘書が冷めたコーヒーを淹れ直そうとカップを持ち去ろうとしたので、大介は急いで取り返した。
「せっかく淹れてもらったのに、冷ましてしまって悪かったね。喉が渇いたから、一気に飲めて丁度良いよ」
 彼がほのぼのと穏やかな雰囲気を作る中、アランはさりげなく本来の目的を切り出す。
「“博士”が……、この本社で、室長として着任されたのは、二十一年前でしたね?」
「ええ、そうですよ」
「葉山会長と同じお歳ですよね? 当時、二十代後半の若さで、本社の研究室室長だなど……、例を見ない昇進だったのでは?」
「そうですね。今では笑い話ですが、当時は色々と言われていたようですよ。まぁ、周囲から見れば無理もない話です」
 大介は一の幼馴染だ。当時まだ専務だった一の話に絡め、「専務の幼馴染だから」と、研究部門とは違う畑の社員達に、随分とバッシングの標的にされた。それこそ美春が、入社当時に「無敵の新入社員」などと陰で随分と言われ、仕事で成果を見せても「特別な人には特別目立つ仕事が回ってくる」などと、なかなか認めてはもらえなかった。それと同じ、いや、彼は男である分、それ以上の屈辱を受けた経験もあるだろう。
 勘繰ってしまえば、あまり良い思い出ではない。

「だが博士には、実績と成果があった。僕が見た限り、コネだけで会社の重要ポストをくれるような人ではないでしょう、葉山会長は。とても堅実で、素晴らしいお人柄だとお見受けします」
「ええ、その通りですよ」
 自分を褒められたことより、一の人間性を認めてもらえている方が大介は嬉しいようだ。
 彼の機嫌が良いところで、アランは本題に入る。
「着任した二十一年前、……いや、地方の研究支局にいた二十五年前でも良いのですが、……この本社に、とある研究で素晴らしい成果を見せた研究員がいませんでしたか?」
「――本社の研究員は、皆素晴らしい成果をあげていますよ?」
「“特別に”です。秀でた、と言った方が良いでしょうか……。そう、例えば、ジャーナルや学会が、裏で人為的操作をしてしまうくらい脅威になりえた研究者です。確かにいたはずなのですよ……。もしかしたら、今でもいるのかもしれない……」

 アランはやんわりと大介を問い詰める。
 探し求める謎の研究者を、同じように卓越した実績を持つ大介ならば、知っているのではないか。そう踏んだのだ。

「その人物を知って、社長はどうしたいのですか?」
「是非話がしてみたいのですよ。……博士なら、知っているでしょう」
 非常に困ってしまう質問だ。
 しかし大介は、人の良い笑顔を全く崩さずに、アランをかわした。
「どうでしょう? いるかもしれない、しかし、いないかもしれない。僕が知らない人間かもしれない。……どちらにしろ、そんな研究者ならば、外部には決して漏らせない人間ですよね」

 そして彼は、嫌味のない爽やかな笑顔を湛え、口元に人差し指を立てたのだ。

「あなたも企業のトップに立つ人間ならば、この意味が分かるでしょう。――トップシークレットですよ。社長」

 快活な口調であるのに、彼の態度には、逆らい難い重圧がみなぎっていた。








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