理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第6章7(大介の二面性)

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「それに、本当に仕事上の協力が得られるのかどうかも分からない人間に、そんな大切な話をしようとは思いませんよね。……そうでしょう? 社長」
 大介の笑顔は崩れない。優しい頬笑みを形作ったまま、彼はアランの心をえぐる。
「――その研究者にとっては、思い出したくもない過去なのかもしれませんしね……」

 アランの言葉も止まったが、横で記録のためにノートブックを打っていたグレースの動きも止まった。
 優しく穏やかな人柄である研究室室長の、裏に隠れた意外な一面を垣間見た気がしたのだ。
 放っておけば、長く沈黙に包まれてしまいそうな雰囲気ではあったが、そんな空気の流れを変えたのは大介本人だ。
「今、コーヒーを淹れ直してもらいます。お好きな分野の話だったとはいえお疲れでしょう。時間に余裕があるようでしたら少し寛いで行ってください」
 ふわりと笑む彼に、今まで漂わせていた重圧感はすでにない。
 いつも通りの「温厚な室長」だけが、そこにいる。

「いや……、少し驚きました」
 気を取り直して、戸惑い気味に口を開いたアランは、一瞬の緊張から解放された反動で大きく吐息した。
「博士は……、時々、意地悪をする人のようだ。叱られた子どもになった気持ちですよ」
「そうですか?」
「ええ。あんな風に部下を叱ることもあるのですか? 僕が部下なら、いっそ怒鳴って殴りつけてくれと思いますね」
 意表をつかれたせいか、アランはとても楽しげな笑みを見せる。躊躇いがちの恥笑にも見えるそれは、こっそりと彼の様子を窺うグレースの目を惹きつけた。

 グレースは、ふとした瞬間に彼が見せてくれる、心からの笑みが好きだ。
 それは、十五年前までは普通に彼女へ与えられていたものであり、十五年前の“あの日”からは、一切与えられることのなくなってしまったものだからだ。

 視線を感じたのか、アランの視線がグレースへと動く。彼が気づく前に視線を逸らし、彼女はノートブックに目を戻した。
 自分の視線を故意に外したと分かっているアランの目に、刹那、憂いが混じる。だが、彼の気持ちを大介のひと言が引き戻した。
「部下に『意地悪』と言われたことはありませんね。家族にならありますが」
「ご家族、ですか?」
「ええ。特に、妻に」

 そう話を振ったのは、もしかしたら故意だったのかもしれない。
 大介は相変わらず人の良い笑みを浮かべ、爽やかな口調でアランを圧迫したのだ。
「そういえば社長は、僕の妻とお知り合いらしいですね。娘に聞かされて驚きました。妻本人も、貴方が娘の仕事を忙しくさせている会社の社長だと知って驚いていました」
 不気味な圧力に、喉の奥が渇いてくる。それでもアランは、意識して口角を上げた。
「……ええ……、エリ……、奥様の、生徒だったのですよ。留学をしていた頃、日本語を教えて頂きました。今こうして日本語に不自由しないのは、奥様のお陰です」
「この件を仕切る専務に付いている秘書が、エリの娘だということはご存知でしたか?」
「資料として、専務と専務秘書の写真を見た時、秘書が奥様に酷似していることに驚かされました。“光野”という名前が同じでしたから、すぐに見当は付きましたが」
「それでも、かなり御調べになったのではないでしょうか。今の家の場所までご存知のようだし、娘とも、仕事に入る事前にお会いになっていたようだ。ということは、僕がエリの夫であることも最初から御存じだったのでしょう? 社長も人が悪い、今話題にしなければ、スイス本社へ戻られるまで、この件に触れるおつもりはなかったのでは?」

 アランは閉口した。彼はもちろん大介の存在を“博士”としてだけではなく、エリの夫として、美春の父親として、認識してはいた。
 しかし、全く後ろめたい気持ちがないわけではない彼としては、極力大介のその部分には触れぬよう、故意に話題を避けていたところがあるのだ。

「支局にいた頃、僕は研究に没頭してばかりで、随分とエリに寂しい思いをさせた。日本語講師の仕事は、彼女の心の支えになっていたはずです。……社長には、親しくして頂いたと聞いています。あの頃、妻の心の拠り所のひとつになって頂けたことに、僕はお礼を言わなくてはなりません」
「そんな大袈裟なものではありませんよ。……奥様のお陰で、日本での留学期間がとても有意義なものになりました。……礼を言わなくてはならないのは……かえって……」
 アランは言葉と共に息が詰まり始める。
 優しく丁寧な大介の言葉ひとつひとつから、まるで神経を圧迫するように、辛辣な感情が突き刺さってくるように感じるのだ。

 アランは大介を凝視し、彼の笑顔の裏を読もうとした。
 しかし大介は、ほんわりと穏やかな笑みを湛えたまま、裏表を感じさせない口調で、敬意に嘆願を込めるのだ。

「妻にお気持ちを頂けたように、是非この提携にも、最良のお返事と共に娘に安らぎを頂きたい。そうしたら、貴方がお探しの謎の研究者も、拍手をして姿を現すかもしれませんね」


*****


 来客が去った室長室で、カップを片付けていた男性秘書がクスクスと思い出し笑いを始める。白衣に腕を通し襟を整えていた大介が、楽しげな様子に口を挟んだ。
「何か良いことでもあったのかい?」
「いいえ。いいものを見てしまったと思ったら、笑いが出てしまいました。……室長は、意地悪ですね」
 アランとの一件を言っているのだろう。大介はわざと素っ気ない返事を返す。
「いくら若くて男前でも、男に『意地悪』って言われても嬉しくないよ」
「アハハ、すいません。でも、もう数年したら、室長の息子さんも入社してくるじゃないですか。室長みたいな人がふたりになるのかと思うと、怖いような楽しいような……。いや、楽しみですよ」
 大介の言葉に悪気などないと承知している秘書は、数年後の未来を口にし、軽快に笑って片付けを続けた。
 秘書から視線を戻す途中、壁掛け鏡に自分の姿を見た大介は、そこに映る男を嘲る。

 エリの件で、必要以上に困惑してしまった自分を感じる。
 そして、謎の研究者の件でも……。








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