理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第7章3(ティータイムの彼女)

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「ミハルも、紅茶が好きなの?」
 あまりにも意外なことを訊かれたような気がして、一瞬美春の動きは止まった。
 白いカップの縁に、僅かばかり付着してしまったグロスを指先で軽く拭い、グレースはどこか和やかな瞳を美春に向ける。
 初めて見せられる表情に、美春は戸惑い気味だ。
 グレースに対しては、冷静沈着な女性であるというイメージが強い。今までメールなどでやり取りをしていた際も、質問や要求に容赦のない人物だった。“グレース”という女性名でなければ、担当秘書は男性ではないかと思えてしまうほどの精緻さを持った相手だ。
 実際に顔を合わせてからも、彼女は常にポーカーフェイスで、余計な言動を一切しない人物のように思える。勿論今のように、お茶を出して仕事以外の話を持ちかけられたのも初めてだ。

「ええ。コーヒーも飲むけれど、どちらかといえば紅茶の方が多いですね。専務はコーヒーがほとんどですが……」
 にこやかに答えるが、美春は語尾をぼやかしてしまう。グレースは「ミハルも」と口にしたのだ。彼女は美春を誰と比べているのだろう。
「……ミセス・さくらが淹れてくれる味によく似ているような気がしたの。彼女も紅茶が好きだと言っていたわ。だから、もしかしてミハルも……って」
 美春が考え込む前にグレースが答えを口にして、唇のグロスを白いカップに馴染ませる。
 しなやかな仕草と大人の女性を思わせる落ち着きが美春の目を惹きつけた。そして丁寧にソーサーへと戻されたカップは、美春が紅茶を出した時のままの姿でテーブルへと戻されたのだ。

 いつも休憩や控室代わりに使われる主賓用の応接室には、美春とグレースがふたりきりだ。
 学はアランを医務課へと案内している。医務課とは、一階のエントランス奥に配置された、薬局から医務室、そして処置室のことだ。
 スイスの本社に医務課に相当する施設はないらしく、社内で薬品の販売や調剤、社員の健康管理ができるというシステムに興味があったらしい。
 ふたりの秘書が付かず残ったのは、これから今日の視察結果を会議してまとめる仕事をしなくてはならないふたりに、学が心遣いを見せたのだ。これは視察ではなく見学なのだから「お手伝いがなくても大丈夫だよ」と。

 グレースとふたりきりで、直接向かい合うのは初めてだ。
 美春はとても緊張をしたが、紅茶を淹れて彼女に勧めたところ、穏やかな反応が返ってきて驚いた。
 だが、さくらと味が似ていると言われるのは嬉しい。さくらは何を淹れても上手いので、昔から彼女に紅茶を入れてもらうのは美春も大好きだった。
「さくらさんが淹れて下さるものは私も好きです。彼女くらい上手くなりたいのですが、なかなか上手くいきませんね」
 美春はにこりと微笑み、グレースの向かい側に腰を下ろす。自分用のカップを手に取り口をつけようとしたが、言いにくそうなグレースの問いがそれを遮った。
「……ミセス・さくらは、……まだ、体調が良くないのかしら……」
「あ、はい……、ですが、専務のお話では回復に向かっていると……。ただ、おふたりがスイスへお帰りになるまでに退院できるかどうかは分からないそうです」
「……そうね……」
 彼女の返事は、納得、ではなく、同意、だ。体調が優れないので、としか知らないはずの彼女が示すには少々おかしな態度である気もしたが、美春はすぐに自分の疑問を口にしてしまった。
「グレースさんも、紅茶はお好きなのですか? 何だかとても美味しそうに飲んで頂けているので、嬉しいです」
 嬉しいのは本音だった。ポーカーフェイスの彼女が、僅かではあるが表情を和めてくれた。その嬉しさも相まって、美春は屈託のない笑みを浮かべる。

 そんな美春の笑顔を目の前に、グレースは何か照れ臭い気持ちが湧き上がってくる自分を感じた。美春が見せる表情は懐かしく、グレース自身がなくしてしまったものを見ている気持にさせる。
「……今は、コーヒーばかりだわ……。社長がコーヒーばかり飲まれる方だから。……一緒にいるとどうしてもね。……昔は、紅茶ばかり飲んでいたけれど……」
「いつも一緒にいる人って、家族ではなくても趣向が似てくることが多いものですよね。私も時々、『専務に似てきたね』って言われることがあります」
 学の話をすると、余計に笑顔が蕩けてしまう。そんな自分を感じて、ノロケのようになってはいまいかと心配にさえなった。すると、その笑顔を更に嬉々とさせる話が、グレースから出されたのだ。
「十五歳くらいまでは、紅茶ばかりだったかしら……。そのあと、社長の傍に付くようになったから、コーヒーばかりになったけれど……」
「え? ……十五……」
 唇をつけかけていたカップから顔を上げ、美春は不思議そうに問い返した。聞き間違いだろうか、仕事で付いたのなら二十五歳の間違いではないか。
 しかしグレースは、はにかむようにクスリと笑ったのだ。

「私……、社長とは小さな頃から知り合いなのよ。……あなた達みたいに」

「え!?」
 予期せぬ情報に、美春の全身が惹きつけられた。
 同じ、ということは、アランとグレースも、幼馴染同士の間柄だということではないか。








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