理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第7章4(癒される兆し)

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「そうなんですか、仲が良いし、とても意思が通じ合っているようだったので、もしかして……、なんて思っていたんですけど、幼馴染なんですか」
 何だか美春は、とても嬉しかった。
 グレースの態度が柔らかかったことも勿論だが、アランと幼馴染なのだと口にした時の彼女が、とても綺麗にはにかんだ表情を見せてくれたのだ。
 本人はそんな表情をしてしまったことに気付いてはいないのかもしれないが、美春には強く目に焼き付いてしまうほど印象的な表情だった。

「仲が、良い……?」
 しかし、美春の言葉にグレースは驚く。美春の前で、アランと自分が仲良くしていた姿など見せたことがあっただろうか。いや、十五歳の時から、彼に“仲良く”してもらったことなどないくらいなのに。
 だが、不可解な表情をするグレースに、美春は相変わらず穏やかな笑みを向ける。
「はい。だって、社長はグレースさんをとても信頼していらっしゃるじゃないですか。視察前からお付き合いをさせて頂いているのですから分かりますよ。何をするにも、何を始めるにも、社長はグレースさんを通されます、それは、社長がご自分の考えを全て預け見せているという意味でしょうし、グレースさんも当然のように受け入れていらっしゃるじゃないですか。仲が良くなければ出来ませんよ」
 グレースは目を瞠った。そんな風に考えたことなど一度だってない。
 自分は秘書なのだ。アランが仕事を任せるのは当たり前ではないのか。
 ボスと秘書という関係にある者同士が、いくら一緒に仕事をしていようと、必ずしも心まで仲良し関係で繋がっているわけではない。「あなた方と一緒にしないで」いつものグレースならば、そうひと言冷たく言い放っていたに違いない。
 ――――だが……。

「十五の時から、……彼の周囲の世話をする為に一緒の家で暮らすようになったの。……アランの家は、研究室や書庫がある大きなお屋敷でね、……最初は、そこの離れで……」
 美春がかもし出す柔らかなムードに乗せられてしまったかのように、グレースは普段絶対口にしないことまでその流れに乗せてしまう。だが、アランの傍に付いた当時を思い出したのか、キュッと下唇を噛んで口をつぐんでしまった。
(私……、どうしてこんなことまで話しているの……)
 アランとは幼馴染で、よもや彼の世話をする為に十五の時から傍にいるなどと、事情を知らない者には一度だって話したことはないのに。

「そうなんですか。信頼しあえる人といつも一緒にいられるなんて素敵ですよね。社長も、グレースさんが傍にいらっしゃるから、安心して大きなお仕事に臨めるのでしょうね」
 お世辞ではなく、下心もなく、ただ信頼し合うふたりの関係に敬愛の気持ちを向ける美春。
 そんな、向けられた経験のない感情は、間違いなくグレースの心に燈されたことのない光を差し入れる。
(……この子の雰囲気だ……。こんなおかしな気持ちになる原因は……)
 押しつけではなく、美春がそっと差し出してくれる温かい空気が、凍て付かせた心の扉を溶かそうとしているような気がした。この温かさに呑み込まれてしまえば、自分は今のままではいられなくなってしまうかもしれない……。
 自我の危機感を覚えたグレースは、気を引き締め唇を結ぼうとした。だが意外にも、話を逸らすきっかけは、危機感を与えていた美春がもたらしたのだ。
「正直にいうと、ホテルのお部屋も一緒らしいので、おふたりは恋人同士なのかと思ったこともあったんです。社長もグレースさんも素敵だから、お似合いだなって」
 肩を竦め、遠慮を見せる可愛らしい口調。間違いだったとしても怒る気にはなれない。そしてその通り、グレースは憤りとして感情を表すことはなかった。
「そうね……、心からの恋人ではないけれど……」
 グレースはティーカップを手に取り、美春に懐柔されかかっている自分を引き締めようとするかのように紅茶を飲み干す。カップから離れた唇は、思わせぶりな言葉だけを吐き出した。
「下半身だけは恋人かもしれないわ。社長は研究と仕事が忙しくて、女遊びをする暇もない人だから。彼の性欲処理も私の仕事だもの」

 話のきっかけを振ってしまったのは自分ではあるが、美春は頬を染めたまま二の句が繋げない。
(大人の女性は、こういう話が平気で出来なくちゃ駄目なのかしら)
 台詞の大胆さに戸惑いが消えない。しかし、涼香辺りなら口に出来そうな台詞だとも思う。
(やっぱり性格的なものかなぁ。私には言えないな“性欲処理”とか……)

 これには美春も言葉を失ったままだ。そんな彼女を目に、グレースはフッと口角を上げ、打ち合わせを開始しようと言わんばかりにノートブックを起ち上げる。
 美春も用意を始めるが、ひとつ、何気ない疑問が浮かんだ。
 エリの話を思い出したのだ。アランは留学時代、気障で調子が良くて、女の子にすぐ手をつけるので有名だったというような話をしてはいなかっただろうか。
(今、身体の関係があるのは、グレースさんだけ……ということは……)

 仕事が忙しい、そんな理由だけなどではなく、グレースだけを抱きたいのだという理由ならばとても素敵なことだと、美春はつい詮索をしてしまう。
(大人の関係っていうやつなのかな。でも、気持ちがあるなら、本当に素敵なのに)

 実際のふたりは、美春が考える“素敵な関係”には、あまりにも縁遠い……。








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