理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第7章5(神様のような上司)

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「予定以外の仕事をさせてしまってすまなかったね、専務」
 珍しく謙虚な台詞を口にするアランに対し、学も彼に合わせ温和謙譲な態度で接した。
「気になさらないでください。それより、いかがでしたか、当社の医務課は」
「社員に対する心遣いが素晴らしいね。薬局くらいの施設はスイス本社にもあるが、社員の健康管理までできる施設はないからね」
 アランは本気で感心したようだ。見学の最後に訪れた処置室で、休憩用のベッドを仕切る白いカーテンを見つめ、これは何かと問うように、対応に出ている処置室担当職員の櫻井冴子へと目を向ける。
「ベッドを区切るカーテンです。外から見えないほうが、ゆっくりと休めますから。横と区切るカーテンも勿論ありますよ」
 外国大企業の社長を相手に、珍しく緊張気味の冴子ではあるが、それを表に出さぬよう、彼女はゆっくりと言葉を発し、落ち着きを保ちながら説明をする。日本では当然のことではあるが、アランは感心したようだ。
「ほぅ、それは落ち着けていい。けれどカーテンで隠してしまったら、こっそりベッドに潜り込んで悪さをする輩が出てしまうのではないかと勘繰ってしまうね」
「そっ、それはありません。私がしっかりと見ていますから」
 何気ないアランの疑問が、ふいに冴子の脈拍数を上げる。こんな言葉に動揺してしまったのは、過去の経験上、身に覚えがあるからかもしれない。

「ええと、……ミセス・サクライ?」
 アランは冴子の首から提がったIDカードを覗き込み、彼女の左手薬指に視線を走らせる。既婚者であることを確認して、にこりと温和な笑みを向けた。
「もしや、大切な身体なのでは? 予定外の仕事をさせてしまいましたね」
 どうやら、微かに膨らみ始めている冴子の腹部に気付いたようだ。腹帯のせいで実際の膨らみよりも大きく見える。また、ウエストに大きく余裕を持たせたスカートであったため、余計に目についたのだろう。
「安定期に入っていますので、お気になさらないでください。すみません、恐れ入ります」
 白衣の前を開いたままだったので、目についてしまったのかもしれない。冴子はさりげなく両手で白衣の前を合わせた。

 見学も終えたのだし、長居をしては冴子も気を遣うだろう。そう感じた学は、アランに移動を願い出る。
「そろそろ戻りましょう。秘書がふたりきりでお留守番をしたままですからね。では、櫻井さん、有難う」
「あっ、専務」
 アランを促し処置室を出ようとした学を、冴子が呼びとめる。一瞬話を躊躇するが、彼女は前置きをして礼を口にした。
「こんな時にすみません。あの、……有難うございます。会長の同行から櫻井を外してくださったのは専務だとお聞きしました。……あの、『奥さんの傍から離れちゃいけません』って言われたんだ、って……櫻井が……」
「ああ、そのことですか。良いのですよ」
 学はにこりと微笑み、恐縮する冴子の気持ちを和らげようとする。
 昨日から急な出張が入った一。同行するのは勿論、第一秘書代行の櫻井であるはずだった。しかし、妊娠中の冴子を気遣い、また櫻井の心中を察した学が、出張の同行を柵矢に変更させたのだ。
「柵矢室長は、元々第二秘書の立場ですから会長の同行にも慣れています。櫻井さんには、会長の留守中、溜まっていく仕事を彼の見事なスケジュール管理能力で調整しておいてもらわなくては。それに、“パパ”の声がいつも聞こえていたほうが、赤ちゃんも安心して、ママに悪さをすることもないでしょう?」
 学の言葉は、冴子の表情をとても穏やかなものにさせる。いくら妻が妊娠中でも、それが仕事であるのなら、出張といえど櫻井も冴子も不満は抱かないだろう。しかしそこへ気を回してくれたのが学の心遣いが、ふたりは嬉しかった。
「有難うございます。専務」


 冴子に「大事にして下さい」と言い残し、学はアランと共に処置室を出る。同行警備についている柳原を従えてエレベーターホールへと向かう途中、数人の社員が声をかけてきた。
 学は全てに笑顔で応え、必ずひと言声をかける。それは、社員の家族に関することであったり、社員自身のことであったり、プレゼンや取引先の話であったり……。
 本社支社、傘下企業、全ての社員データーを網羅しているのではないかといわれる学だからこそ出来ることであり、柳原もそんな学を見続けているので、凄いと感動しつつも当然のことと捉えている。
 だがやはり、アランにとっては驚くべき光景であったようだ。

「頭の良い青年だというのは、四年前スイス本社へ来て頂いた時から話には聞いていたが……。凄いな、専務は。全ての社員に気を回せるなんて、一年二年のキャリアで出来ることじゃない」
「私は幼い頃から会社と関わって育ちました。そこから考えれば、意外とキャリアは長いのですよ」
 気さくに笑って見せる学に合わせて、アランも軽快な笑い声を上げる。一見和やかな光景ではあったが、すぐにアランから発せられた言葉は、刹那、学の心に不信感をもたらした。

「マナブ、きみは、上司として“神様のような”男だね」

 当然と言わんばかりに、笑顔満面なのは柳原だ。恐らく誰もが、彼と同じように笑むだろう。

 しかし、アランの言葉の奥に潜むものを読み取れたのは、学だけかもしれない……。







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後書き

*今年最後の更新になります。
 お読み頂き、有難うございました。
 来年も宜しくお願い致します!

   玉紀直
 2012/12/31




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