理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第7章6(バスルームの休息)

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「お父様は、明日帰ってくるのよね?」
 問いかけると、返事の前に温かな湯を地肌に感じる。
 すすぎ湯が顔に流れてくることはないのだが、条件反射的に瞼を閉じ、美春はシャンプーの泡を流してくれる学に従った。
「ああ、飛行機の予定から考えると、夕方には会社へ戻るんじゃないのかな」
「それまでに、お母様の目が覚めると良いわね……」
 手桶から静かに落とされていた湯が一瞬止まってしまい、言わないほうが良かっただろうかと、学の気持ちを深読みして恐る恐る目を開く。しかし焦る美春の目に映ったのは、いつもと変わらない笑みをくれる彼の眼差しだった。
「そうだな……、今までだって二日くらいで目を覚ましていたんだ。明日には、目覚めてくれるよ……」
 再びお湯が髪にかけられ、美春は瞼を閉じる。――直後、憂いに翳った学の表情を見ることもなく……。

 仕事を終え、学と共に葉山家へ帰ってきた美春。
 一緒に入浴をして疲れを落とし、バスタブに浸かったまま彼に髪を洗ってもらえる至福の時間だ。
 医務課の見学を終えたアランが、非常に興味深げな感想を美春にくれたことや、話の流れで、処置室職員の冴子が第一秘書代行を務めている櫻井と夫婦であると知り、とても驚いていた話などをした後、必然的にさくらの件が頭を過ったのだ。
 またもや眠りについてしまったさくら。一が戻る頃に、以前と同じように目覚めてくれれば良いのだが。

 水気を切りながらブラシを通し、学は手慣れた様子でまとめた髪をクルクルと捻り上げ、ヘアクリップで留める。
「ほら、終わり」
 バスタブに寄り掛かっている彼女の肩から腕を回し抱き締めれば、美春はくすぐったそうに肩を竦めた。
「ありがとぉ、気持ち良かったぁ。美容院なんかで洗ってもらうより、学に洗ってもらうのが一番気持ち良いのは何でなんだろう」
「愛がこもってるからに決まってるだろ」
「私も洗ってあげようか? 愛情込めて」
「美春には、髪じゃなくて、身体でも洗って欲しいなぁ、愛情込めて」
「洗ってるうちに、何か違うものでも込め返されそう」
「おっ、大胆発言だなっ」
 おどけてギュッと抱き締めると、美春も面白がって笑い声を上げる。顔を傾け視線が重なり、ふたりの唇も重なった。

 美春の甘い唇を食みながら幸せなひと時だというのに、学は心の片隅にアランの言葉を引っかけたまま、解し難い感情に捉われていた。

 『僕は、君とは逆だよ、マナブ。僕は自分の研究と欲望の為なら、社員や親しい人間だって犠牲にできる。君が“神様のような男”なら、僕は“悪魔のような男”だと思われているのかもしれないね』

 自分の研究の為ならば、平気で他人をも犠牲にできる。
 これは、さくらの一件を示していると思っても良いのだろうか。

 ついばむ彼女の唇がクスリと笑う。どうしたのかと問うように額をコンッとつけると、美春は学の腕から抜け、バスタブから出て、彼用のボディタオルを手に取った。
「あのね、今日、嬉しかったの。グレースさんが色々とお話をしてくれたのよ」
「社長秘書が?」
 ボディソープをプッシュしてタオルの上で泡立てながら、学の前で膝をつく。グレースと親しく話が出来たことが余程嬉しかったのか、美春の口元は笑んだままだ。
 そんな彼女の手元を指差し、学は訊くまでもないことを尋ねた。
「洗ってくれるのか?」
「だって、洗って欲しいんでしょ? でも、変なことしちゃ駄目よ?」
「それは、酷な条件だな」
「少なくとも……、洗ってる間は」
「……了解したっ」

 洗い終わった後なら良いのだという解釈に、学の声が弾んだ。だが、それ以上に弾んだ声を出したのは美春だった。
「グレースさんと社長もね、幼馴染だったんですって。何でも、社長のお世話をする為に、十五歳の時から一緒に住むようになったんですって。お世話ってなんだろうね、メイドさんとかかな? でも十五歳でしょう? もしかして婚約者とかそういった意味で一緒に住み始めたんじゃないかって、ちょっと勘ぐっちゃった」
 学の腕にボディタオルを滑らせ、白い泡の軌跡を目で追う美春。
「十五歳で……一緒に?」
 学が抱いた疑念に、彼女は気付かない……。








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