理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第7章7(危険信号)

 ←第7章6(バスルームの休息) →第7章8(水面下の攻防)


「そうですか、有難うございます、斉先生」
 礼を口にはするものの、その後溜息と共にスマホを戻した一に、柵矢が気遣いの声をかけた。
「さくらさんですか? 御様子は如何でした?」
「ああ、相変わらずだ。あまり良くはないようだが、悪くなっているわけでもない。平行線だよ」
 気にかけていたさくらの様子を聞き、柵矢にも溜息が移る。彼は感慨深げにさくらを思いやった。
「そうですか……。思えば彼女は、会長の秘書になってから出産以外の病気で休んだことなどない人でしたからね。今回、ずっと気にかけていた専務の大仕事が上手くいきかかっていることで、安心して力が抜けてしまったのかもしれません。……何にしろ、僕としては、少しゆっくり休んでもらいたい気持ちですよ。疲労で倒れたというのに、不謹慎かもしれませんが」
「そんなことはありませんよ。有難う、柵矢さん」
 柵矢の正直な気持ちに、会長としてではなく、さくらの夫として、一は礼を口にした。

 金曜の夕方、出張から戻り、空港から迎えの社用車に乗りこんだ一が最初にしたのは、さくらの主治医である斉に彼女の様子を確認することだった。
 今回は二日経っても、彼女は目覚めてはいない。このままいつまで眠り続けてしまうのだろう。そんな不安を心に生んだまま消せない彼に、柵矢の心遣いはひと時安らいだ気持ちを与えてくれた。
 柵矢は一より五つ年上で、一が大学を卒業後専務として就任した当初から、秘書として傍にいる男だ。
 さくらが一の秘書として加わり第一秘書という座を譲った身であっても、嫉視することもなくさくらを指導し、よく世話を焼いてくれた。
 今は凛然と仕事に当たる彼女が、若い頃どれだけ努力をし、辛酸を嘗め、その経験を生かし誰もが認める会長秘書へと成長していったかを知っている、数少ない人間のうちの一人だろう。
 そんな彼であっても、さくらがクライン・レビン症候群に侵されているという事実は知らない。ただ疲労に倒れ、著しく体力が落ちているので休んでいるのだとしか教えられていないのだ。

 このままでは、さくらの病状は悪くなる一方だろう。
 詳しい事情までは知らなくとも、さくらを気遣い心配しているのは皆同じなのだ。

 ――――絶対、起こしてね、一さん……。

 一の耳に響くのは、今回の眠りにつく前にさくらが口にした言葉。
(起こしてやる。待っていろ……)
 眠りが一日延びれば延びただけ、水面下で症状は進行していくのだ。
 動き出さねばならない現状が、彼に迫っていた。


*****


「さくらの容体は、まだ良くならないのかい?」
 どこにその話を切り出す要因があったのか、全く分からない。
 いつものように重役用会議室で行われていた会議中、話が途切れてしばしの沈黙が流れた。美春はその沈黙の中で閑話的な会話を提供しようとしたアランの気遣いかと思ったが、学はそう取れなかったようだ。
 話を切り出した不自然さは、まるで彼があらかじめその話題を口にしようと用意していたとしか思えない。
「体調が優れないという話は聞いているが、今週に入って全く姿を見ない。彼女の笑顔を見られないのも寂しいものだ。どうだろう、一度、見舞いに行きたいと考えているのだが……」
 アランは笑顔を繕い、美春に話しかけてくる。グレースはその横で相変わらずのポーカーフェイスだ。
 さくらを心配して見舞ってくれるのだというのだから、美春としては拒否をする理由はない。だが、さくらの症状は普通ではないのだから、簡単な返事は出来ないだろう。
「せっかくのお気持ちではありますが、親族以外は面会謝絶だと主治医の先生に言われているのです。社長が見舞ってくださるというお気持ちは嬉しいのですが……。どうでしょう、専務?」
 勿論美春は、すぐ隣に座る学に話を振る。そして学も笑顔を繕い、ほぼ美春と同じ言葉を口にした。
「今のところ、家族以外の面会も許されていないのです。仕事仲間である櫻井係長や柵矢室長でさえ、入院中のさくら女史には会えません。……社長のお気持ちは嬉しいのですか……」
「さくらは本当に疲労なのかな? 僕が見た限りで、彼女はとても快活に動き回っていたよね。いきなり親族以外を面会謝絶にしなくてはならない病気になってしまうとは、考えられないよ」
 学の言葉を最後まで聞かず、アランはさくらについて話を聞き出そうと口を出す。そしてそれは、彼が決定的な申し出をするきっかけとなった。
「もしも、何か厄介な症状でも出ているのなら教えてもらえはしないだろうか? それを聞けば、僕も力になれることがあるのではないかと思うんだよ」

 じわじわと話を進めようとしているのが美春にも分かり、薄ら寒いものが背筋を渡る。
 さくらが睡眠障害に陥った要因はアランにあるのだと、今週初め紗月姫に聞かされているのだ。
 あの後行われた調査結果の報告会に、美春は呼ばれてはいない。彼女は「取り敢えず保留状態だ」と学に言われているだけだが、それでも、アランの前でさくらの件を詳しく語ってはいけない。
 それは、全身が危険信号を放つほどに分かるのだ……。








人気ブログランキングへ




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第7章6(バスルームの休息)】へ  【第7章8(水面下の攻防)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第7章6(バスルームの休息)】へ
  • 【第7章8(水面下の攻防)】へ