理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第7章9(直接交渉)

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「存じませんでした……」
 冗談とも本気とも捉え難い話だ。しかし、一応反応を示した櫻井に、アランは笑顔で人差し指を口元に当てた。
「トップ・シークレットだよ?」
 どこかからかっているような彼の態度が、櫻井のプライドに障る。しかし過剰な反応を示す訳にはいかない。櫻井は嫌味にならない程度の苦笑いを浮かべ、アランの真似をして人差し指を口元に当て頷いて見せる。

 するとその時、ドアにノックの音がした。
 美春が戻ってくるには少々早い気もする。すぐに櫻井が向かうと、彼の目の前でドアは開いた。
「会長?」
 そこに立っていたのは一だ。帰社していると知らなかった櫻井は驚いたが、恐らく今戻ったばかりなのだろう。
 一は柵矢を付けることなくひとりで来たようだ。中へ足を踏み入れ、櫻井が労いの挨拶をかける前に、学と美春の所在を問いかけてきた。
「専務と光野君は?」
「専務は御面会の方がいらっしゃっているらしく、席を外しております。光野さんはお茶を淹れに行っております」
「そうか……、まぁ、いないのならそれで良い。すまないが櫻井君も外してくれるかい」
「はい……」
 大切な話があるのだろうと悟った櫻井は、素直に返事をする。学にアランの相手をするように言われてはいるが、この場合は一に従っても良いだろう。美春がお茶を持ってきたら、取り敢えず廊下で待たせておけば良い。
 そう考え踵を返しかけるが、そんな彼を、笑いながらアランが止めたのだ。
「まぁ、待ちたまえ。何のお話ですか、葉山会長、彼は大事な大事な専務に、僕の相手をしているように命令されているんです。それを『外へ出ろ』なんて言ってしまっては、彼の忠犬精神が鳴くではないですか」
 櫻井の眉が僅かに寄る。“忠犬精神”とは、どう聞いても褒め言葉ではないだろう。

 諌めたのはアランだ。だが一は、その態度に苦言を呈した。
「良いのですか? “外部の者”に聞かれても。……私は、構いませんが」
 お愛想に笑んでいたアランの唇が一直線に結ばれる。いったい何を言おうというのか。待ち構えるアランの前へ進み、一は一枚の紙を広げ彼の前に置く。
「貴方が、私の妻、葉山さくらに、『特別仕様のサプリメントだ』と言って飲ませた薬剤の成分表です」

 その言葉に驚いたのはグレースだった。アラン専用のサプリメントは、特別なものとして彼女がデーターを管理している。何故外部に漏れているのか、冷や汗が出る思いだ。
 グレースは成分表と言われた紙を慌てて取ろうとしたが、その前にアランが手に取り、まじまじとそれを眺めた。
「ほぅ……、よくぞこんな物が手に入ったものだ。……トップ・シークレット扱いのはずなのですが……」
 紙の陰からチラリと一を一瞥し、そして、出て行くにも行けなくなった櫻井に視線を移す。
「忠犬君の仕事ではないな……。葉山一族は、裏にも表にも精通した素晴らしく大きな情報網を持っていると聞きますよ。貴方達に、分からないことなどない、と……。親族には大財閥も控えている……。もしや、そこの力でも借りましたか……?」
「御想像にお任せしましょう。社長、貴方が、これらの成分以外に妻へ与えた物の正体を明確にして頂きたい」
「成分以外?」
「発症促進物質ですよ。クライン・レビンの」

 躊躇いなく言ってのけた言葉は、その場に重い沈黙を落とす。
 櫻井としては、クライン・レビンの名前は知っていても、身近なものだと捉えたことは一度もない。その発症促進剤がさくらに与えられたというのは、一体どういうことなのだろう。おかしな汗が額に滲み、熱い空気がごくりと喉を通っていった。
 最初に予定していた被験者を突如変更した事実を知っているグレースは、話の気まずさに表情をしかめる。当初の予定で、促進剤を与えられるのは美春のはずだった。それをアランが、いきなりさくらへと変更したのだ。グレースに「さくらが憎くはないのか」と意味深な言葉を口にして。

 だが、緊迫している三人に対し、当のアランは顔色を変えるどころか眉ひとつ動かさない。それどころか成分表をテーブルへと置き、身体を傾けて一を仰ぎ、ほくそ笑んだのだ。
「そこまで突きとめているとは……、素晴らしい……。恐ろしいほどの探求力をお持ちだ。こんなにも凄い経営者が率いる会社なら、是非とも提携をお願いしたいと思えますよ。……貴方も専務も、頭が良く行動的で情深くて……、そして、……尋常ではないほどに、パートナーを愛している……」

 美春が聞いていたなら、満面の笑みをもたらしてくれそうな言葉だ。
 提携にとても前向きな言葉。そして何より一や学を称賛してもらっているのだから。彼女にとっては、とても喜ばしい状態だろう。
 ただしそれは、アランの口調が友好的なものであるなら、という前提の元だ。――今のアランから、友好的な雰囲気は微塵も感じ取れはしない。

「……発症促進となる物質は、確かにさくらへ与えました。ただ、最初から与えようと思っていたわけではない。彼女に渡そうとしたのは、本当にただの滋養強壮系サプリメントだったのですから。……言い訳になってしまうが、サプリと発症促進物質を混入した薬剤は非常に似ていてね、こちらでも研究を続けるために、保存ケースの中で隣り合わせに保管されていた。いうなれば、大きな間違いが起こってしまったのですよ」

 保存状態における危険性もさることながら、間違いでそんな奇病を発症させられては、さくらもいい迷惑だろう。
 とはいえ、これは、完全にアランの過失ではないか。それも彼は、自分がしたことを自覚している。それを黙っていたのだ。
「抗体を、お持ちですね?」
 当然のことと言わんばかりに、一は断定づける。アランは不敵に表情を和め首を縦に振った。
「貴方が言いたいことは分かりますよ、葉山会長。その抗体を、提供しろと言いたいのでしょう? ですがこれは、簡単に完成を見た代物ではありませんよ。それこそ、研究者としての僕が、心血を注いだ結果だ。簡単に『はい、そうですね』と渡せるものじゃない。……だが、……さくらの件は、僕の過失ですから、抗体の提供は惜しみません。ですが、一研究者の成果である抗体を譲り受ける側として、貴方の誠意も見せてもらいたい」
「誠意?」
 簡単に考えるのならば、金銭で取引をしたいという意味にも取れる。
 だが、アランが望んだのは金ではなかった。

「“お願い”をして下さい。僕に」
「頭を下げれば良いのかな?」
「日本には……、とても堅実的で誠意ある嘆願の仕方が存在していますよね?」
 一も櫻井も、その意味を掴みかねている。アランは楽しげに笑み、椅子をクルリと回して自分の足元を指差した。

「あるでしょう? 土下座、という懇願の方法が」








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