理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第7章10(綺麗な土下座)

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「なに……をっ……!」
 驚きのあまり頓狂な声をあげてしまったのは櫻井だった。
 冷静な彼らしくはないが、これが面食らわずにはいられるものか。
 尊敬をする会長に、土下座を強いている人間がいるのだ。それも、断り難い引き換え条件のもとで。
 言われた一は、無表情でアランの言葉を待っている。彼に動揺の様子は見られないが、櫻井だけは握り拳を震わせていた。
 顔色どころか、驚きのひとつも見せない一に冷たい視線を送り、アランはゆっくりと言葉を出す。しかしその口調は、どこか険の有る物言いでもあった。

「葉山会長、貴方ほどの人ともなれば、今までに何十人、いや、何百人もの土下座を目にしていることでしょう。ですが、恐らく貴方自身は頭を下げた経験などないはずだ。愛する奥様の為ならば、その確固たるプライドさえ投げられるという誠意を、僕に見せてはくれませんか? そうすれば僕も、心血を注いだ研究の証を、気持ち良く貴方に渡す決心がつくかもしれない」

「おかしなことを言わないで頂きたい! ルドワイヤン社長!」
 我慢出来ず、櫻井は口を出す。
「誰にそんな強要をしているか分かっていますか!? 聞く限りでは、貴方の研究自体がさくら女史におかしな病を与えた原因のようです、それなのに何故、会長が頭を下げて抗体を懇願せねばならないのです!!」
 櫻井は必死だ。今まで一に就き従っていて、こんな危機感を覚えた経験があっただろうか。血の気が引き、身体中が冷たい。なのに身体の表面だけが憤りで温度を持ち、冷や汗が額から伝い落ちた。
 冷静で頭がキレる忠犬が慌てる様を、アランは楽しそうに嘲る。
「櫻井君は、研究者のプライドと研究の価値というものが分かっていない。研究に心血を注ぐ者はね、例え自分の身が切り裂かれようと外部には漏らせない研究という物がある。例え自分が罪を冒そうと、貫き通したい信念の元に結果を導きたいものがあるんだ。会長が欲している抗体は、正にそれだ。それを渡しても良いと思えるくらいの誠意を見せてもらっても、罪にはならないだろう?」
「ならば僕が、いくらでも頭を下げます! さくら女史は、僕にとって尊敬すべき大切な先輩だ、その人と会長の為になれるのなら……」
 一を守らなくてはならない。そんな思いが、櫻井を一の前へ踏み出させる。しかしその腕を一が掴んだ。
「下がっていなさい」
「……会長」
「手を出してもらう必要はない。有難う、櫻井君」
 表情を固める櫻井をその場に置き、一はアランへと歩み寄る。
 椅子を回し、机を背にしたアランの前に立つと、凝視していた彼から視線を外し、静かに膝を落とした。
 ――そして……。

 櫻井が息を呑む。その音は、シンっと静まり返ってしまった会議室の空気を揺らした。

「抗体を、お譲り頂きたい。ルドワイヤン社長」

 床に伸ばされた両手。床面ギリギリまで下げられた額。決して地に這いつくばってはいけない身体が、アランの足元へ沈んだのだ。
 “土下座”の形を作って。

「綺麗な土下座ですね、葉山会長。……土下座というものは、本来みっともないものだと聞きましたが、会長は所作が洗練されているだけではなく、土下座まで洗練されているようだ。実に素晴らしい。貴方の人生の中で、葉山会長に土下座をさせた人間は僕だけかもしれませんね」
 下がったままの体勢で、了承を待つ一の頭。そこに視線を落とし、アランは椅子から立ち上がった。
「貴方ほどの人間にここまでする意識を与えてしまうとは……、考えようによっては、素晴らしく愚かな夫婦愛ですね。――所詮は金で買った女であるはずなのに、……何故こんなにも愛し合うことが出来たのだろう……、貴方達は……」
 一とさくらの馴れ初めを知っているらしいアランの言葉に一は疑念を抱くが、それでも、彼はひとつの答えを口にした。
「……買ったのではありませんよ」
「さくらは、家族や土地を守るために、葉山に買われたはずですが?」
「いいえ。さくらは最初から“妻に”と望まれて葉山に来たのですよ。……もしも、金銭や土地のしがらみがないままに彼女と出会っていたとしても、私は、彼女を妻にと望んだことでしょう」

 言葉に出すまでもない気持ちだ。
 学と美春が、例え幼馴染という形で出会ったのではなくとも、運命はきっとふたりを結び付けていたと信じられるように、一とさくらも、どんな状況であってもふたりは出会い、そして結ばれていただろうと信じているのだ。

 だがその話は、酷くアランの癇に障ったらしい。
 彼は瞬時にして眉を吊り上げると、悪鬼のごとき形相でいきなり一の頭を踏みつけたのだ。
「まだ頭が浮いていますよ、会長!」

 既に櫻井の我慢は限界だった。奥歯をギリッと噛み締め彼が動いた瞬間、会議室のドアが開いたのだ。
「お待たせしましてすみません。紅茶が入りましたよ」
 今の状況には不釣り合いなほど穏やかな口調で入室してきたのは美春だ。だが、室内の光景を目にした彼女は、大きく息を呑み、手にしていたトレイを落としてしまった。
「会長!!」
 美春の叫びは、まるで悲鳴だった……。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第7章、本日でラストとなります。

 一さんとさくらさんの夫婦愛から始まった今章は、その夫婦愛を利用され踏みにじられるところで幕を閉じます。
 アランはもぅ……救いようがないくらいの悪役になってしまった気がします……。
 一さんの土下座なんて……、櫻井さんじゃなくても私が我慢限界。;;
 第8章は美春ちゃんも交えて、この会議室での騒動が続きます。
 この夫婦愛に歪んだ羨望を向けるアラン。その理由も、明らかになりますよ。
 これでやっと、プロローグに追いつけると思います。

 で、ここで更新を休んだら外道だろうということで、第8章もお休み無しで続行させて頂きます。
 毎日お通い頂いている方には、お手数をおかけして恐縮ですが、もうしばらく、続けてお付き合い頂きたいと思います。
 頑張りますので、宜しくお願い致します!

 会長の土下座を目の当たりにした美春ちゃん。
 彼女が取る行動は……?

 では、次回!!






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