理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第8章1(驚愕の光景)

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「会議を中断して見てもらった価値はあったか?」
 疑問形ではあるが、価値あると判断したからこそ、信は学を訪ねてきたのだ。当然、彼の口調は自信に溢れている。
 だが、すぐに学からの肯定は返ってこない。信から渡された調査書を見つめ、眉をひそめているばかりだ。
「仕事には関係がないのかもしれないが、……オレは、逆恨みにも似たものを感じた。早めに知らせておくのが得策だと判断したんだ」
 ビルの裏口を出た場所で立ち話のふたり。信が待っていたのはエントランスの受付前ではあったが、人が滅多に通らないこの場所まで移動したのは、勿論、あまり耳を傾けられたくはない話をする為だ。

「いや、早々に知らせてもらえて良かった。有難う、田島」
 やっと書類から顔を上げた学は、調査書を微かに掲げニヤリと笑う。
「悪かったな、忙しいのに」
「バーカッ、皮肉かっ? 合格発表まで宙ぶらりんの暇人なんだぞ」
「それでも、毎日事務所には行ってるんだろう?」
「ああ、“所長”がドSでな、毎日苛められてるさ。『合格発表後に正式なバッチが貰えるまでは、雑用として事務所で使ってやる』とか言われてさ」
 信に与えられる“雑用”だ。どんなものかは自ずと見当がつく。その証拠に、彼はとても楽しそうだ。
 法曹一族の中で育ったという理由だけではなく、彼の身体を流れる血液自体が法というものを愛し、弁護士という天職を希求している。
 合格発表など待つ必要があるだろうか。彼は、弁護士になるべくして生まれてきた男なのだ。
 学は、本心でそう思う。

「でも、雑用が忙し過ぎて涼香さんに会えてないんじゃないだろうな」
「それはない。ってか、遅くまで事務所に残ろうとしたら父さんに睨まれるんだ。『早く会いに行ってやれ』って」
「それはいい。毎日パパの声が聞こえれば“はるかちゃん”も安心だ」
 既に決まった子どもの名前を出され照れ臭そうに笑った信だが、学が手にした調査書を視界に入れ、ふっと清爽な双眸に哀憫の翳を落とした。

「可哀相な人だと思ったよ……。アラン・ルドワイヤンも、……この、グレースって女の人も……」

 学が信に依頼し、そして調べられたのは、アランの、そしてグレースの、生い立ちだったのだ。


*****


 大きな瞳を更に大きく見開き、更に上がってしまいそうな悲鳴を押さえる為に、美春は両手で口を塞ぐ。
 足元にはティーカップやスプーンが転がり、熱い紅茶が撒き散らばった。美春の足にもかかったが、彼女はその熱さを感じる気持ちの余裕も持てない。
 目の前に広がる光景が信じられないのだ。床に座り込み、身を屈め、アランの足元に平伏しているのは誰だろう。
 憎々しげな視線を向けられ、額が床に擦り付けられてしまうほどに後頭部を踏み付けられているのは……。

「会長! 何をしていらっしゃるのですか!!」

 美春は驚愕に震え崩れ落ちてしまいそうな足を踏み出し、駈け出した。
 あれは、自分が尊敬し慕う会長ではないか。
 幼い頃から、もうひとりの父親として美春を可愛がってくれた、優しく強い人。あの学が、誰よりも尊敬し目標とする男性だ。
 その人が、地べたを這うほどに頭を下げさせられている姿を、誰が想像できようか。

 一の傍に駆け寄ろうとした美春ではあったが、勢いを付けて飛び出した身体を櫻井が片腕で抱き止めた。
「櫻井さっ……係長! 何をしているんですか! 会長に……会長になんていうことを……! 止めてください! 何故止めないんですか!」
「これは会長の御意志だ! 止まれ!」
 櫻井の鬼気とした態度と怒鳴り声に、美春の動きは止まる。彼の声に驚いたとはいえ、目の前の光景を変えてもらえるわけではない。
 こんなことは信じられない。ましてやこの状況が一の意思によるものだなどと、何故信じられるだろう。
「……会長……」

 飛び込んできた美春の姿をチラリと一瞥し、アランは靴底の下にある一の頭に視線を戻した。
「……綺麗事ですよ……会長。今だから、そんな綺麗事を言えるのかもしれないが、葉山一族が金を提供し、去る小さな村を救った。土地を買い取り、その土地と一緒に、……名士の娘を取り上げた。どう飾り立てようと、それは根本的な事実でしょう」
 アランの心中に、もやもやとした黒煙が渦を巻く。
 それは、金銭というしがらみがある中で出会わされた仲であるのに、何故惹かれあい愛し合うことが出来たのかという疑問。そして……。

 ――何故自分は、“彼女”とそうはなれなかったのだろう……という、哀しみを伴う嫉妬……。

「金で買われて、さくらは最初から貴方に笑いかけましたか? 貴方の胸に飛び込んできましたか? 十四歳の小さな少女を、よくも簡単に手懐けられたものだ。それも貴方の天才的な手腕のひとつですか!?」

 興奮気味のアランを仰ぎ見ながら、グレースは零れ落ちそうな涙を必死で耐えた。
 彼の言葉の端々から悔しさと辛さがひしひしと感じられるのだ。そして、アランが今回の被験者を美春ではなくさくらにしてしまった理由が分かってきた。

「それとも無理矢理犯しましたか、小さな少女を従わせるには恐怖を与えるのが一番ですからね」
 アランの口元は嘲笑を形作り、一を見下して彼の誇りまでもを踏みにじる。
「今はどうあれ、昔は散々恨み言を言われたのでは? 今の貴方にここまでさせるのは、本当に愛情ですか。さくらを金で買ったという罪悪感から来ている、義務ではないんですか!」

 アランは一に、彼の言葉の全てを肯定してもらいたかったのかもしれない。
 さくらは金で買った女だと。昔は意思の疎通など出来ないほど憎まれていたと。力づくで身体を奪い取り恐怖を与え、従わせているうちにさくらも諦めて、心が通い合うようになってきたのだと。 

 そんな言葉を聞けば、アランの心も軽くなったのかもしれない……。







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