理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第8章4(立ち去る者の遺恨)

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『いい男だな』
 ドアが閉じ、学の姿が消える。エレベーターの微かな下降音に身体を委ね、アランはドアを見つめたまま独りごとのように呟いた。
『頭は良いし、お愛想笑いは抜群に上手い。おまけにあの器量。一企業の跡取りにしておくには惜しいほどのイイ男だ。そう思わないか?』
 エレベーターの中には、彼の他にグレースしかいない。
 返答すべき立場を承知し、グレースは当たり障りのないところに触れる。
『そうですね、頭は良いようです。葉山会長がキレ者であるところへ、元々母親のさくらが天才的にIQ数値が高い女性のようですから。そんなふたりの子供であるなら……』
『お前の好みか?』
『え?』
 グレースはアランを仰ぎ目を瞠る。いきなりの振りは理解不能だ。
『頭が良くて美男子だ。おまけにマナブは、下の者にも寛大に接する心を持っている神様のような男だよ。まぁ、普通の女なら放っておかないタイプだろう。……お前はどうだ、グレース。あの雰囲気と身体付きで見ればセックスもタフそうだ、お前が欲情出来そうなタイプだろう? 八つ年下だが、気にはならないと思うぞ』
『アラン……、おかしなことを……』
 グレースが動揺を見せた時、エレベーターのドアが開く。そのままアランを問い詰めることもできたが、彼女は口をつぐんだ。
 それは、エレベーターのドアが開いた所で、満面の笑みを浮かべた柳原が待ち構えていたからだ。
「お帰りだそうですね、ルドワイヤン社長。只今当社の車を正面へ回しておりますで、もう少々お待ち下さい」
 はきはきとした声はとても小気味が良い。アランもつられて笑みを浮かべ、エレベーターを降りた。
「よく帰ると分かったね。専務が連絡したには早すぎるような……」
(美春は、それどころじゃないだろうし……)
 続く言葉を心で呟くが、この根回しができる人物をひとり思い出す。
(……忠犬め……)
 思いつくと同時に、柳原からも清々しい回答が返ってきた。
「櫻井係長の指示です。社長が出られるので至急車を用意するようにと」
「そうか、有難う。葉山製薬の皆さんは、本当に誠実で献身的だ」
 好意的な笑みを浮かべるアランに手で進行方向を示し、エントランスから正面入り口へ促す柳原。
 足を進めながら、アランはフランス語で呟く。

『誠実過ぎて……人を信じ過ぎていて……虫唾が走る……』

 その意味が分かったのは、隣を歩くグレースだけだ。


*****


「美春!」
 濡れた床をひと跨ぎして美春の元へ向かうと、一に背中を押された美春が腕の中へ飛び込んできた。
「どうした美春、いったい何があった」
 美春を腕に抱き問いかけてはいるが、学は片付けを続ける櫻井を振り返り、そして一に目を向ける。
「……ルドワイヤン社長が、何か……」
 会議室がこんな有様なのに、エレベーターを待っていたアランはとても楽しげだった。おまけに会議室で楽しい余興を見たとまで言っていたのだ。これはアランが関係して、何かあったのだと推測するのが正しいだろう。
 同時に、出張から帰ったばかりの一がこの場にいる事実を、学は深く詮索する。

「学……、お父様が、……お父様が……」
 学を感じて大分安心したのか、美春の泣き声も治まってきたようだ。彼女が涙を流した理由が一だと察すると共に、学は一がここにいる理由も理解した。
「お父さん、直接交渉されたのですか……?」
 真摯な面持ちで眉を寄せる学に、一は結論だけを口にする。
「さくらに例の物を故意に与えたことは、本人が認めた。そのうえで、抗体の提供を検討してくれるらしい。私の土下座で彼のプライドが満足をしたのか、違う感情が煽られたのか判断しきれない部分はあるが……、抗体は、手に入りそうだ」
 その言葉で、学は全てを悟る。会議室で起こっていた驚きの事実に動揺は見せなかったが、美春を抱き締める腕がキュッと締まった。
「ルドワイヤン社長は、驚いたでしょう……。お疲れさまでした、……お父さん」
「彼に望まれたのだから仕方がない。私はさくらの為だと思えばどうでもいいことだが、……美春ちゃんを泣かせてしまったようだ」
 土下座の原因がアランからの要望だと知り、平静を装っていた学の目尻がピクリと動いた。そんな息子の様子を知ってか知らずか、一は学の胸に寄り掛かる美春の頬にかかった髪を除け、涙で湿った頬を手の甲で撫でる。
「すまなかったね。もう泣かないでくれるかな? お詫びにケーキでも御馳走するよ。アイスが良いかい?」
 美春に向けられる優しい口調と穏やかな雰囲気は、いつもの一だ。彼女を安心させる為なのか、予想外の出来事に学が気を荒立てないようにとの配慮なのか、あんな屈辱を受けた本人とは思えない機転の早さだ。

 美春も一の気持ちに気がついたのだろう。溢れ出しそうな質問をグッと堪え、ちょっと拗ねた顔で答える。
「……アイスが良いです……」
「分かった。契約成立だ、もう泣いてはいけないよ? 化粧も直した方が良いな、まぁ、化粧なんぞしなくても私の娘は充分美人なのだが、一応会社なのでな。ノーメイクでは何かと問題があるだろう?」
 一は振り向き櫻井を呼ぶと、丁度割れた破片を拾い終えた櫻井がティーカップの残骸を乗せたトレイを片手に立ち上がった。
「私の面目を保つために、アイスを買いに行って来てくれるかい? 近くのコーヒーショップの隣に専門店があっただろう、そこで頼むよ。女性が多い店だ、少々気恥しいようなら夫人を同行させなさい」
「はい、分かりました」
「君達の分も選んで来ると良い。ただ、夫人は身重なのだから急がないように。ゆっくり、散歩に付き合うつもりで行っておいで」

 もしかしたらそれは、余計な心配をさせてしまった櫻井への心遣いだったのかもしれない。櫻井もそれを感じ取ったのだろう、「はい」と返事をして、クールな彼が人前では滅多に見せない笑顔を浮かべたのだ。








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