理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第8章5(イジワルで優しい彼ら)

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「すいません、係長、全部拾わせてしまって……」
 櫻井が会議室を出ようとした時、学の腕から離れた美春が慌てて駆け寄った。
 破片が乗ったトレイを受け取ろうとしたが、彼は片手で頭上へと掲げ、美春の手を拒否する。
「割れていて危ないから、僕が処理をしよう。光野君は専務の傍にいなさい」
「係長……」
 時々見せてくれる優しさに感動するものの、顔を覗き込むように近付けた櫻井は、美春だけに見せるようニヤリと笑う。
「ラム・レーズンでも買って来てやろうか? 泣いた後だからな、きもちよーく眠れるぞ。ついでに専務に、きもちよーくしてもらえそうだけどな」
「かかりちょっ!」
「君はそこで甘えてなさい」
 笑い声を上げて会議室を出ていく櫻井を見送り、ドアが閉まって彼の姿が消えると、美春はムッとした表情を緩める。
「……ありがとうございます……」

 分かっているのだ。
 櫻井が、まだショックを胸に抱える美春の気持ちを、慰めようとしてくれているということは。

 考えてみると、恥ずかしいくらい一と櫻井の前で泣いてしまった。
 美春は少し重い瞼の上を指先でクルクルっとマッサージすると、学と一が立つ場所へと戻った。
 美春には確信があるのだ。学も一も、何か大切なことを美春に隠している。さくらの症状に関することであれ、事実として明らかになっていることがあるのだろう。情報の発端は紗月姫に違いない。
 それなのに、美春だけが教えてもらえてはいないということは……。
(もしかして私、また何か騙されるところだったんじゃ……)

 少々思惑は違うものの、美春だけが話の中に入れてもらえていなかったのは確かだ。
 学を問い詰めてやる気満々で近付いた美春ではあったが、彼女は学以外の勢力に制されてしまった。
「さぁ、ひとまず専務室へ移動しようか。学も何か話があるようだし、どうせメイク道具も一式専務室に置いてあるのだろう?」
 一が横目でチラリと視線を流した先には、学が持つ“田島総合法律事務所”とロゴが入った封筒がある。会議を抜けてまで受け取りに出ていたのだろうという推測の元、後には回せないものがそこに入っているのだと分かる。
 ただ、メイク道具一式が専務室に揃えてある秘密を、どうして一が知っているのだろう。首を傾げた美春に、一は微笑みかけながらも学そっくりな意地の悪い目をして見せた。
「パウダールームでより、専務室で化粧直しをすることの方が多いだろう? 学も罪なことをする」
「えっ? あ、あの……、おとうさまっ、そんなことはぁぁっ」
 美春はつい赤くなってしまう。確かに、専務室での休憩中に学に迫られメイク直しを余儀なくされることは多々あるので、パウダールームより専務室で直す方が多いかもしれない。一式置いてあるのも、元々はそのためだ。
 しかし、まさかそれを一に悟られるとは思ってもみなかった。

「何赤くなってんだよ、美春」
「だって 、いや、……赤くなんて」
「父さんは『化粧が崩れるほどこき使うな』って、俺に嫌味を言っているんだぞ」
「は?」
 勘違いを悟って、赤くなったまま表情が固まる。勿論美春の勘違いを悟った学は、ふふんっとばかりに意地の悪い目をして見せた。
「今日は残業になりそうだしなぁ。時間はたっぷりあるから、途中で化粧崩してやろうか?」
「ばっ、馬鹿っ、お父様の前でっ……」
「何だよ。いいだろう、一式あるんだし」
「だから……、それ、どっちの意味……、もぅ、学っ!」
 一の手前、仕事の話なのだと思うのだが、学がこんな目をして口にするとつい違う意味なのかと深読みをしてしまう。
 笑い出しそうな学に、美春の様子を見ながら楽しそうな一。ふたりの男性を交互に見比べ、もしやこの親子に遊ばれているのではと気付きかけた時、更に深読みを進行させる台詞が一から出された。
「そう慌てなくても良い。さくらだって置いているよ。私が専務だった頃も、勿論フルセット」

 納得と学は頷くが、美春は深読みが進行しすぎて泣きそうだ。
(やっ……、やっぱり、親子……)
 だが、動揺する美春の横に移動し、学がゆったりと肩を抱く。
「少し落ち着いたか? もう泣くなよ」
 目尻に溜まりかけていた涙は、学のひと言で引っ込んでいった。
 美春の気持ちを落ち着かせる為に、学と一が気を利かせて和やかな雰囲気を作ってくれたのだと気付いたからだ。

 少々、反応を見て楽しまれていた節もあるが……。

 動揺のあまり、感情のままに泣きじゃくってしまった美春。
 今思うと恥ずかしいが、そこにもらえた三人の気持ちがとても嬉しく、そして、申し訳なかった。

「さて、専務室へ移動しよう。美春にも、色々と教えなくちゃならない」
 美春の肩を抱いたまま、ポンポンッと叩き、学は一に視線を移す。
「田島が調べてくれました。お父さんにもお知らせしておかなくてはなりません。――社長が何故、被験者にお母さんを選んだのか……」

 “被験者”という言葉に、和んだはずの心が緊張した。








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奈央さんへお返事です1/10

奈央さん、ありがとうございます!

 御指定個所、訂正させて頂きました!

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