理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第8章7(十七年前の悲劇)

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「痛みは引いたか?」
 学に問いかけられ、美春は照れ笑いを浮かべながら、斜め向かい側の椅子に腰を下ろしている一をチラリと見る。目が合いニコリと微笑まれ、余計に恥ずかしくなって赤い顔のまま目を逸らしてしまった。
「ぅ、うん、ごめんね、もう大丈夫だと思う」
 専務室のソファに脚を乗せて横座りになっている美春は、両足首から下を、タオルで巻いた不凍ゲル保冷剤で冷やしていたのだ。
 会議室で紅茶を落としてしまった際、美春の足にかかった熱い液体は、彼女の足に軽い火傷を負わせていた。
 あの瞬間は火傷に気付く心の余裕など持てなかったが、やっと落ち着き専務室へ戻る途中、足首から甲にかけてピリピリとした痛みに襲われていると気付いたのだ。
 給湯室の冷凍庫にあった保冷剤を持ってきてもらい冷やすことにしたのだが、冷やすためにストッキングは脱いでしまっている。火傷をした皮膚は敏感なので、ストッキングの繊維による微かな刺激を避ける為だ。
 傍にいるのが学だけならばこんなに恥ずかしくもなかったのだが、もうひとり一が一緒にいる。ソファに脚を伸ばしてスーツから素足を晒してしまっている姿を見られているのが、何ともいえず恥ずかしい。
 家族ぐるみで付き合ってきたのだから、一は小さな美春が学と一緒にお風呂へ入っていた姿も見たことがあるし、ほぼ毎年水着姿だって見ている。今更素足くらい、という感じだが、本人にとってはそうでもない。

(ちっちゃい頃と違うもん……、それに、お行儀だって悪いし……)

 限りなく学に似ている人、という意味で、美春は少々意識せずにはいられない……。
 そんな乙女心をちらちら揺らしていると、学が顔を覗き込んできた。
「本当に大丈夫か? 俺の膝に足上げてても良いぞ。保冷剤、押さえててやるから」
「うん、有難う。本当に楽になってきたから、大丈夫だよ」
「この後は人に会う予定もないし、皮膚に刺激を与えない為にもストッキングは穿かなくて良いからな」
「うん、有難う」
「後で俺が舐めて治してやるから、もう少し我慢していろ」
「うん、ありが……と……、はっ?」
 勢いで返事をしたものの、その内容にハッとする。「舐めて治す」は少々意味が違うだろう。
「まっ、またそういうこと言うっ」
 ムキになりかかる美春の頭をポンポンッと叩き、学は信から受け取ってあった調査書を一に手渡す。美春の足元に腰を下ろして、伸ばされた両足を膝に乗せた。
「まったく、学はぁっ。お父様の前なんだから、もう少し……」
「落ち着かないと、その“お父様”の前で舐めるぞ」
 本当にやりかねない雰囲気に、ピタリと美春の反抗が止んだ。してやったりと言わんばかりに学がふふんっと笑えば、美春が拗ねた表情をして彼の鼻を摘まむ。

 書類の陰から視線を走らせ、一はそんなふたりを微笑ましげに見詰めた。

 だが彼は、いつまでも安らかな気持ちを保ち続けることは出来なかったのだ。それは、調査書の内容上仕方がない。そこには、不安を煽る要因がたくさん詰まっていたのだから。
「見て頂いて、お父さんなら、内容の意味がすぐに分かったと思います」
 それでも学は、美春の足を優しく撫でながら口火を切った。

「アラン社長の親は、十七年前、一族崩壊に追い込まれる寸前だった医者の一族を、金銭的な補助の元に救いあげています。親族で大きな総合病院を営んでいた一族でした。それが、秘書、グレース・ラファランの生家です」

 一は勿論、さっきまで学に対して可愛らしく拗ねて見せていた美春の表情までもが緊張した。
 そんな中、美春は先日グレースとふたりで話した内容を思い出す。
 アランとは幼馴染だと言っていたグレース。十七年前といえば、彼女がアランの世話をする為に一緒に住み始めたという十五歳の頃だ。
 会議室でアランが一に詰め寄っていた話を照らし合わせた時、美春は考えたくはない結論に行きあたった……。
 
 美春の湧き立ち始める動揺をよそに、学は話を続ける。
「莫大な金額と引き換えられたのは、病院と土地の権利全て、そしてラファラン家の娘、グレースです。彼女は社長の身辺の世話をする為、社長専用として与えられたのです。彼は当時、二十五歳でした」
「……与えられた……?」
 思わず美春は口を出す。“与えられた”とは、まるで物扱いだ。その表現に、限りなく嫌なものを感じる。
「身辺の世話って……、どうして……? 専属のメイドとか、そういうことじゃないの?」
「社長は、ルドワイヤン一族の中でも群を抜いた才能の持ち主だ。研究のことしか頭になく、その執着ぶりは一族の中で異端児扱いされるほどだったという。彼は、自分の研究の為なら家族でさえ犠牲にできる人間だ。公表こそされていないが、彼の研究の為に、弟である副社長は二十年前、失明寸前の病を発症した。彼は屋敷内の離れにひとりで住んでいたらしい。研究を誰にも邪魔されないようにという理由でね。邸の使用人でさえ近付いてはいけなかったそうだ。けれど、そこに、グレースが放り込まれた」

 美春は口をつぐんでしまった。
 戸惑いにも似た、何とも言えない思惑が胸に広がる。しかしそれが正しいのか、彼女には判断しきれないのだ……。








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