理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第8章8(恐ろしい過去の足跡)

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「勿論、状態も想いも違うでしょう。ですが、莫大な金額が動き、ひとりの少女が手元へやってきた。それは、お父さんと同じです」
 調査書を手に考え込む一に、学は断言する。
「お父さんはお母さんと愛し合うようになりましたが、社長とグレースさんは不思議な主従関係で結ばれてしまった。元々は仲の良い幼馴染で、十歳年下のグレースさんを、社長は可愛がっていたそうです。彼女も、よく懐いていたと」

 土下座をさせ、一を罵倒したアラン。
 さくらとの関係を疑い、その愛情を義務と言った。
 彼は自分と一の境遇を重ねていたのだ。
 重ねて見えたのは、歴然とした幸せの優劣。同じく十歳年下の愛しむべき少女を手元に置きながら、そこに幸せを作り上げていけなかった彼。

「……社長は、お父様が羨ましかったんじゃないかしら……」

 一も学も、同じ考えを持っていた。代表するように、美春が共通した思いを口にする。

「社長もきっと、グレースさんと仲の良い幼馴染でいたかったのかもしれない。けれど、両家の間で発生したお金の問題で、何かの意識が変わってしまったんだわ」

 アランは、憤りをぶつけるように一を責めていたではないか。
 さくらは最初から笑いかけたか。頼ってくれたか、信じて胸の中へ飛び込んで来てくれたか……。まるで「そうであるはずはない」と言わんばかりに。
「グレースさんは、そんなお金が絡んだ関係になってしまってから、意識が変わったんでしょうね。……笑いかけず、頼らず、甘えることもしなくなって……。でも、社長は……」

(きっと、グレースさんに、笑いかけて欲しかったんだ……)

 大切な人間を侮辱した許し難い人間ではあるが、アランの気持ちを想い、美春は僅かに心が動いた。
 心を許していた人との関係が変わってしまうのは、悲しいことだ。
 だがアランは、グレースを秘書として傍に置き、自分の一切を取り仕切らせている。冷たい態度をとっているように見えても、彼はグレースを信頼している。
 グレースだって、献身的に尽くしているではないか。おまけに、話に聞くところによれば、どういった形であるにしろ身体の関係もあるふたりなのだ。

(けっして……憎しみ合っているわけじゃない……)

 感傷的な色が胸を覆い始めるが、美春はふとした疑問を胸に挿し入れる。わだかまりができても信頼し合っていられる関係。幼馴染として過ごしていた頃も、グレースはアランに懐いていたという。
「いくら金銭的なものがあるからって、……グレースさんは社長に遠慮をし過ぎだわ。もし変わらないままだったとしたら、今頃ふたりは……」
 美春は明るい未来を想像するが、脚を撫でていた学の手がポンポンッと膝頭を叩き、彼女をなだめた。
「それは無理だろう。グレースさんは恐らく、社長を恐れていただろうから」
「恐れる? 何故?」
「――ラファラン一族を崩壊へ追い込んだのは、社長の研究が原因だ」

 美春は息を詰めた。アランが自分の研究の為に実の弟を犠牲にしたことがあるという話を、聞いたばかりだ。そう考えると、懇意にしていたのであろうラファラン家に手をつけたという話も、つい納得してしまいそうになる。
「社長がメインにしている研究は、今も昔も“眠り”に関するものだ。眠り関係、睡眠障害の市場は大きいからね。光野博士との会談に大満足してくれたのも、自分の研究の刺激になったからだろう。……美春にはまだ話してはいなかったが、母さんの異常な睡眠障害も、社長にもらった、周期性傾眠症を促進させる薬物のせいだ」
「社長が何かしたっていうのは……、本当だったのね……」
 周期性傾眠症という名前は、僅かだが聞きおぼえがある。後で調べようと心に留め、美春は学の話に聞き入った。

「問題の十七年前、ラファラン一族の病院で、とんでもない院内感染が起こった。アフリカ睡眠病という人獣共通感染症で、スイスで発生する可能性などない病気だ。それを、故意に発生させたのが、当時の社長なんだ。けれど彼は失敗作を使ってしまったため、次々と患者や病院関係者が急死し、院内はパニックになった。社長があらかじめ用意していた抗体を提供し騒ぎは治まった。元々この病気には有効な治療薬はないんだが、似せた症状を誘発する意味で作られていたため、抗体の開発が可能だったんだろう」
 学は美春を見つめ、話を続けても良いかと問う意味で小首を傾げる。それは、話の先行きが見えた彼女が、内容の恐ろしさに両腕を抱いたからだ。
 ここまで聞いてしまったのだ、美春は続きを求め頷いた。
「院内感染の経路や原因は不明とされたが、そのお陰で、死亡した患者や医療関係者の家族へ賠償問題が発生し、莫大な慰謝料が科せられた。それだけじゃない、マスコミからのバッシングや風評被害、それは酷いものだったようだ。」
 院内感染などを起こした病院が存続できるはずはない。
 ラファラン一族は、どんな地獄を見たのだろう……。

「それでも、社長の研究が原因である事実は闇に葬られ、それを知るのは一部の人間だけだ。学者一族として名高く、各界に顔の利くルドワイヤン一族が騒ぎを治め、ラファラン一族が私財を投げうっても贖いきれない莫大な金額を肩代わりし、そして、この騒ぎの発端である社長の世話をさせる為に娘を貰い受けた。――だから、グレースは社長を恐れている。彼が行った、悪魔のような実験を全て知っているからだ。――昔のように懐けないのは、当然だろう」

 ひと通りを聞き、同じ内容が記された調査書をテーブルに置くと、一は目を閉じた。
 そんな人間に被験者とされてしまったさくら。幸か不幸か、彼女には命にかかわるような病状は出ていない。
 与えられた物が失敗作ではなかったことだけは、喜ぶべき事柄だったのだろうか。

 膝頭に乗っていた学の手にそっと自分の手を重ね、美春はさっきまで恐ろしさにひそめられていた瞳を、厳しいものに変える。
「アラン社長がしたことは、全て揉み消されたの?」
「そうだ。誰も知っているものはいない。記録が残っているとすれば、当人達の記憶、当時の騒ぎに深く関係したルドワイヤン一族の一部だけだろう」
「そんなこと……、どうやって調べたの……。いくら学でも……、ううん、田島君でも、これは日本で起こったことではない上に彼が得意な“表”の情報ではないでしょう……」

 すると学は、ふっと口元を不敵に歪め、長く形良い指先を口元に当てたのだ。

「トップシークレットだよ、美春。――真実は真実として、いつまでも残るものなんだ。……何らかの形で……」








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