理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第8章9(宝物だった少女)

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『グレース……?』
 大きく痙攣した後、動かなくなった彼女を肌の下に感じ、アランはうつ伏せになっていた身体を上げた。
 衣服を全て剥ぎ取られた身体は、辛うじて上がっていた腰をガクンッと落とし、クローゼットの床に伸びる。
『……失神したか』
 アランは大きく吐息しながら立ち上がり、マジックミラーから、メインルームのテーブルに置いてあるデジタル時計を盗み見る。
 クローゼットへ入り込み、攻め立てるようにグレースを蹂躙した。そんな気まぐれを起こしてから二時間近くが経っている。ホテルへ戻ってからは本社側と会議の予定ではあったが、ここまで時間がずれてしまうと、ずれた理由を考えるのでさえ面倒だ。
 連絡は明日にしよう。アランは当然のように決めてしまった。
『……レインは怒るかな……』
 呟きは嘲笑を孕む。レイン・ルドワイヤンは、ふたつ年下の彼の弟。ロシュティス社の副社長だ。
 葉山製薬から無理矢理手を引かせたが、学の才能を気に入っていた親日家の彼は、話の進み具合を見守りたいと会議にもマメに顔を出す。グレースを言いくるめ、日本での進行状況を毎日報告させているのも知っていた。

(相変わらず、目障りなことばかりするやつだ……)
 昔からアランの研究に意見をしたり、実験を止めたり、何かと監視の目を光らせてくる弟。
 一度、被験者として死ぬ目に遭わせてやったことがあるが、それで大人しくなるかと思えば、今度はコソコソと陰で監視するようになった。

 ラファラン一族を崩壊させてしまった時は、泣いて殴りかかってきた。
 その気迫は凄まじく、生まれて初めて、大人しい弟から殺気を感じたものだ。

 ラファラン一族の一件を思い出し、アランは床に横たわるグレースを見下ろした。
 欲望と憤りのまま身勝手なセックスを与えられた身体は、その想いと仕打ちに耐えられず意識を飛ばした。彼女が失神してしまうのはよくあること、珍しくはない。
 グレースはセックスに良い思い出がない。身体を繋ぎ、相手の欲望と怒りを受け入れるだけの行為は、彼女にとって苦痛でしかないのだろう。そんな苦痛から逃れるために、彼女はよく意識を手放す。

 部屋へ戻った時は綺麗だったクローゼット内は、小物が散乱し、吊るしてあった洋服やスーツが床に散らばって酷い有様だ。
 それも全て、アランがグレースをあちらこちらへ投げ飛ばし、無理な体勢でのセックスを何度も強いたからだ。
 クローゼット内を見回してから見下ろした白い肌。いつもはスーツに隠された部分に、打撲痕や小さな生傷が確認出来る。アランの傍に付けられた十七年前から、それが絶えたことはない。
 アランは床に落ちていた自分のシャツを拾い、彼女の身体にふわりと掛けた。
『グレース……』
 彼女の傍らに屈み、涙と共に頬に張り付くブラウンの髪を指で摘まみ除ける。

 髪に触れた手が、過去の記憶を呼び戻す。この髪がまだ金髪だった幼い日。彼女の頭を撫で、長く綺麗な髪を編んで、膝に抱いたあの頃を。

 ――――アラン……。

 和む綺麗な碧い瞳。可愛らしく笑むピンクの口元。

 ――――アラン、だいすき。

 有り余る才能と好奇心、ルドワイヤン一族の中で親にさえも異端児扱いされていたアランにとって、彼に懐き、いつも無邪気な笑顔を向けてくれる幼馴染のグレースは、心を慰めてくれる宝物だった。

 ――――アラン、どうして日本に行くの? わたし、寂しいよ……。

 二十五年前、七つだったグレースを置いて、交換留学という形で日本へ来た。
 そこで、光野エリと出会ったのだ。
 エリの全てはアランを虜にし、彼はエリに夢中になった。
 とはいえ、彼女は人妻だ。仲良くはなれても、彼の気持ちやアプローチをエリが本気にすることはなかった。
 その後、ふたりの間に大きな問題が発生し、アランはエリに会えなくなった。すぐにスイスへ帰れば良かったのだが、彼女への未練と、そのころ日本へ来た親戚に見せられたとある日本の研究者が発表した論文が、彼に帰国を思い留まらせてしまう。
 秘密裏に握り潰されたという研究。しかしその内容は、物心ついたころから興味を持っていた分野のものだ。アランは日本に残り、大学の研究室で勉強を続けた。
 スイスへ帰国する一カ月前。ひと目だけで良いからという思いを抱いてエリに会いに行き、彼は驚愕の光景を目にする。
 エリが、女の子を産んでいたのだ。

 “美春”と名付けられていたその子は、一歳になっていた。
 とても無邪気で可愛らしく、数回遊びに行ったアランにとてもよく懐いてくれた。
 エリとの間にずっと存在した関係の歪みを、修復してくれるほどに。

 それでも、スイスへ帰らなくてはならない彼に、悲しい別れはやってくる。
 アランは断腸の思いを胸にエリと別れた。別れを告げた日、抱き締めた小さな美春が、舌足らずな口調で「またね」と泣きながらくれた言葉が、彼に自制心を保たせたものであったのかもしれない。

 エリは、研究を二の次にしても良いと思えるほどに、愛した女性だった。
 叶うはずのなかった恋を引きずり、傷心のままスイスへ帰ったアラン。
 ――しかしそこで、彼は癒しを得る。

 『おかえりなさい、アラン。待ってたのよ、ずっと!』

 弾けるほどの優しい笑顔を、明るい金髪の中で彼に捧げてくれたのは、十二歳になったグレースだった。

 ――アランの心は、グレースに救われたのだ。







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