理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第8章10(愚かな運命の悪戯)

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『笑え……、グレース……』
 失神して動かないグレースの顎を掬い、アランは彼女に話しかけた。
『笑え……、あの頃のように……』

 アランの記憶の中で、ひとりの少女が微笑む。
 綺麗な金髪を揺らし、可愛らしい唇で彼の名を呼び、清らかな愛情を向けてくれたグレース。

『……笑え……』

 叶わぬ願いでも、アランは時々それを願う。
 ブラウンの瞳を哀しみに潤ませながら。


 十七年前、その才能と異質さから関係者に疎まれることもあったアランだが、グレースに接している時だけは、普通の青年と変わらない笑顔と優しさを見せていた。
 だからといって、アランの研究熱レベルが落ちるわけではない。
 彼はひとつの実験を行うために、職員に顔が利き、出入りしやすい、とある病院を選んだ。
 それは、祖父の代から懇意にしているラファラン一族、グレースの親が営む病院だった。
 ひとりの患者に投薬を行ったが、彼はすぐにそれが失敗であった事実を知る。恐ろしいスピードで院内感染が起こり、患者と病院関係者が次々に倒れ急死していったのだ。

 病院は、パニックに陥った。

 怒涛の数日間。地獄を見たラファラン家からは、自殺者も出たほどだ。
 この騒ぎがアランの研究によるものだと知ったルドワイヤン側は、ラファラン家へ莫大な援助を申し入れ、そして、アランが心を許しているグレースをもらい受けたいと申し出る。
 時々起こるアランの暴走を、傍で監視して止められるのはグレースだけだろうと踏んだからだ。

 だがその決定は、アランとグレースに、長い長い地獄の日々へ続く扉を、開けさせただけだった……。

 『グレース? どうした? 何故怯えているんだ?』

 ルドワイヤン家に身受けされ、アランが住む離れで顔を合わせた時、グレースは顔を蒼白にして震えていた。

 『どうしたんだい? 騒ぎは治まったし、もう何の心配もいらない。これからは、ずっと一緒にいて良いそうだよ。嬉しくないのか?』

 アランは嬉しかった。日本で負った心の傷を癒してくれたグレースと、昼夜を問わずこれからはいつも一緒にいられる。あの笑顔を、一日中見ていられるのだから。

 しかしグレースは、怯えたまま膝をつき、祈るように両手を胸で合わせて頭を下げたのだ。
 『……はい、……何でも、言うことをききます……、何でも、言い付けてください……』

 震える声は、アランに大きな衝撃を与える。まるでメイドか小間使いのように傅(かしず)くグレース。勿論、笑顔などは見せてくれない。
 彼女が見せるのは、胸で合わせた震える手から溢れ出る、恐怖だけだ。

 恐ろしい惨劇を起こした原因であるアランを、グレースは恐れていた。
 自分が逆らえば、また誰かが実験台にされるのではないか。自分がアランの意に背けば、また誰かが殺される。

 『何でも……、言うことを……ききますから……』

 アランはショックで目の前が真っ暗になった。
 目の前にいるのは誰だ。これは、彼が愛しみ可愛がってきたグレースではないのか。
 いつでも穏やかな笑顔を向け、彼の心を癒してくれた、あの少女ではないのか。

 『……笑え……』
 震える声で、アランは命令を呟く。顎を掬われ大きく震えたグレースは、彼女を見下ろす彼を驚愕の表情で見つめながらも、必死に口角を上げ、“笑う”に近い表情を作った。
 しかしその行為は、彼の哀しみを頂点へ引っ張り上げる。

 ――――もう二度と、グレースはあの頬笑みを向けてはくれない。

 その確信は、彼の理性を崩壊させる。
 誰ひとりとして近付くことのない離れに、獣のような彼の咆哮が響き渡り、数時間にわたって、グレースの泣き叫ぶ声と、仔猫を潰し殺すような悲鳴が響き続けた。

 アランがやっと我に返り理性を取り戻した時、そこには、彼の“奴隷”がいた。
 意識を失い、無造作に捨てられた人形のように転がる躰。
 全身を痣だらけにして、女性としての機能を果たし得る全てを犯され、血と汚物と精液にまみれた、彼だけの奴隷が……。

 何物にも譲り得ないはずだった愛しさは猟奇的な怒りへと変わり、精神崩壊寸前の哀しみでアランの心を蝕んだのだ。

 そしてふたりの、愚かしい関係が始まった……。

 従順にグレースを付き従わせ、まるで性処理道具のように彼女を扱う毎日だったアランは、ある日衝撃を受ける。
 ロシュティスの社長職に就いて三年目。仕事よりも相変わらず自分の研究に心血を注いでいた彼だが、副社長であるレインが提携契約を検討しているという日本企業を知り、ひとつの事実に息が止まった。
 担当者である専務に付く秘書が、若かりし頃に恋心を湧き立たせたエリとそっくりだったのだ。
 慌てて調べ、彼女が“光野美春”という名前であり、エリの娘であることが分かった。

 衝撃と共に、蘇る愛しさ……。

 幼い美春が彼にくれた、陽だまりのような時間を思い出す。
 小さな手で力いっぱい彼を抱き締め、「もう会えないかもね」と言った彼に、涙を浮かべながら「またね」と笑ってくれた美春。

 グレースの笑顔を取り戻せなかった彼は、美春の笑顔を手にいれたくなった……。

 レインから無理矢理担当を替わり、進んでいた話を白紙に戻し、葉山製薬側の動きを見ながら、美春からのメールは例えグレース宛てであっても必ず目を通した。
 そうして接していくうちに、彼はもう我慢ができなくなったのだ。

 すぐにでも美春が欲しい。
 愛した女性と生き写しの娘。
 あの笑顔を、この愛しさを、もう二度と、失いたくはない――――。


*****


 重役用の会議室には、夏の眩しい陽射しが入り込んでいた。
 ブラインドを落とそうとした美春を止めたのはアランだ。「明るい話は、明るいところでしよう」と。
 次の来社日となっていた金曜日。会議室には学と美春、そしてアランとグレースが揃っていた。
 壁の一角には、テレビ会議用のカメラが据えられている。そこを通して、社長兼会長室にいる一がその様子を傍観していた。傍らには櫻井もいる。

 軽い挨拶と説明の後、アランは光明ある未来を示唆した。
「葉山製薬と、研究面、事業面で、是非とも協力しあっていきたいと……、僕と、本社の意見です」

 学と美春は顔を見合わせる。ほぼ予想できた回答ではあったが、やはり相手側から口にされた時の喜びと感動は大きい。
 美春は思わず立ち上がりかけた。「有難うございます!」心から叫びたかったのだ。
 今までの苦労も、これで報われる。そして学との結婚も決定的になる。

「ただひとつ、提案があるのです。というか、条件と言った方が良いでしょう」
 だが、アランが言葉を続けたことによって、美春は立ち上がる機会を失う。彼は向かいに座る学と美春、そしてカメラの向こうで見ているであろう一へ、順番に視線を配してから、ゆっくりと、不気味なほど穏やかな口調で言い放ったのだ。

「秘書を交換しましょう」


 夏の眩しい陽射しが、まるで冷気のように感じる。

 賽は投げられた。

 学と美春、揺るぎない愛を持つはずのふたりに課せられる、運命の十日間が、幕を開けたのだ――――。








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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第8章、今回でラストになります。
 取り敢えず、ここにきてやっとプロローグには追い付きました。
 早く追いつかなくちゃと思いながら、何かと長くなってしまい申し訳ありませんでした。年末年始をかけて、6,7,8章と続けて走ってきましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか。(どきどき)
 第9章からは、いよいよあらすじにもありました、折り返しのメインストーリーになります。
 この第8章10の後に、プロローグのシーンが繋がります。
 宜しければ、読み返してみてくださいね。

 アランとグレースの歪んだ関係。
 さくらが発症した奇病と抗体の行方、謎の研究者の存在。
 一とさくら、大介とエリ、それぞれの夫婦愛。
 隠された、アランとエリの過去。
 そして、学と美春の結婚はどうなるのか……。
 全ての出来事が、ここから10日間で動きます。
 もちろん、ここへくるまでに色々と入り込んでくれたサブキャラ達も活躍します。

 第9章からも、どうぞ宜しくお願い致します。
 今回は、開始までに少々お休みを頂きますこと、どうぞ御了承下さい。

 いつもお読み頂き、有難うございます!


*第9章は、1月28日からです。





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たいままさんへお返事です1/15

たいままさん、こんにちは!

 第8章ラストまでお付き合い頂き、有難うございました!
 年末年始、毎年のように少しでも楽しんで頂ければ、の気持ちで続けさせて頂きましたが、お気遣いくださったように内容が内容でしたので、せっかく読んで頂いたのに「楽しめる」というレベルの明るさではなかった気がします。(^^ゞ

 気合を満タンにチャージして、また第9章から頑張ります。

 宜しくお願い致します!
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