理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第9章2(異常反応の原因)

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「はい、どうぞ。飲める?」
 労わる声のトーンは美春の緊張を解き、差し出された緑茶の香りは、ほんわりとした安心感を与えてくれる。
 その心地良さに、美春は再び脱力して倒れそうになってしまった。
「有難う……ございます。冴子さん……」
 それでも、倒れずに冴子から緑茶が注がれたマグカップを受け取れたのは、学が背中を支えてくれていたからだろう。
「可愛い光野さんの口が火傷しないように、一生懸命湯ざまし振って冷ましましたから、安心してくださいね、専務。だから光野さん、まだ熱いようなら、専務にフーフーしてもらってね?」
 笑顔でくれる冴子の冷やかしは、いつも通りの日常を美春に感じさせ安心を誘う。そんな様子を見て取ったのだろう、学は感謝を込めて冴子に笑いかけた。
「それならいっそ、私が冷ましながら口移しでもしますよ」

 「ごちそうさま」と笑う冴子は、学の分もお茶を淹れてくると、処置室の奥にある小さな給湯室へ向かう。
 ベッドに上半身を起こし、傍らに腰を下ろす学に背を支えられた美春は、ゆっくりとマグカップの緑茶を口に含んだ。
 会議室で身体に変調をきたし意識を失った美春は、医務室へ運ばれ、そのまま処置室で安静となった。意識がなかったのは三十分程度。目覚めた時、傍らに付き添っていた学が彼女の手を握っていてくれたのが良かったのか、彼女は安心した様子で、動揺をすることも身体の異常を訴えることもなかった。
 処置室のドアには【緊急処置中】の札が入れられている。そのせいか訪れる社員もなく、室内には美春と学、そして冴子のみだ。

「おいしい……」
 ポツリ呟いてハァと吐息する。ポンポンッと頭を撫でてくれる学の手が気持ち良い。手にしているマグカップに描かれた猫のキャラクターが、一真がプレイしていたゲームのキャラであると気付き、オーバーに崩されたイラストの可愛らしさにクスリと笑みが漏れた。
 些細な日常を感じられることがこんなにも温かいと思ってしまうのも、この穏やかな温かさを失ってしまうかもしれないという恐怖が、心の奥底に身をひそめ始めたからなのかもしれない。

「汗かいちゃったな。よし、家に帰ったら、じぃっくり洗ってやるからな」
 美春の頭を抱き寄せ、学は帰宅後の予定を口にする。冷や汗でわずかにしっとりとする頭部にコンッと頭を打ちつけ、ハハハと声を立てて笑った。
 少し気持ちが軽くなった美春が「やーねぇ」とはにかみを見せる。穏やかな雰囲気に包まれた時、湯呑みをひとつトレイに乗せた冴子が戻ってきた。
「あら? お邪魔?」
「とんでもありませんよ。櫻井さんの大切な奥様を邪魔になんてしたら、仕返しにどんな強行スケジュールを組まれるか分からない。赤ちゃん共々、大歓迎です」
 学の気が利いた一言に、冴子は笑顔で湯呑みを差し出す。
「どうぞ。専務のは湯ざましフリフリしていないので、気を付けてくださいね」
「良いですよ。火傷しそうなら、美春にフーフーしてもらいます」
 学が湯呑みを受け取り美春から手が離れると、冴子は床に両膝を落として下から美春の顔を仰いだ。
「うん、運ばれてきた時よりは顔色も良いわね。ちょっといい?」
 そのまま美春の左手首をとる。脈拍は目を覚ました時に医師が診ていたが、落ち着いたところでの再確認なのだろう。
「ねぇ、光野さん、もしかして“アノ日”近い?」
「え?」
「前回、ちょっとダルそうにしていた頃から考えて、そろそろ一カ月かな? って思うんだけど」
「あ……、そういえば、明日くらいからかな……」
 どうやら冴子は、美春の生理予定を確認したかったらしい。生理周期を考えるなら、丁度明日が開始予定日だ。
「PMSだったのかもね」
 “異常無し”の意味で美春の手をポンッと叩き、冴子はゆっくりと立ち上がる。
「毎回、PMSっぽい症状は出るでしょう? 特に今回は、光野さん、大切な仕事が重なってずっと神経使って張り詰めっぱなしだったし、PMS反応を起こしている身体が、いつもとは違う異常を起こしても不思議じゃないわ」
「PMS……ですか」
 美春は学をチラリと見てから、考え込んだ。PMSは月経前症候群と呼ばれ、生理日を前にした女性の大半が経験する、身体的精神的不快感のことだ。
 ほぼ毎月、美春も経験していて、主に不安感が煽られやすく、気持ちが苛立ちやすくなる。それなので、機嫌がおもわしくない日が続くと「生理日が近いしな」と学にからかわれてしまうのだ。

 以前から、大きなトラブルなどに巻き込まれてしまった後などは、生理周期を始めとした体のバランスが崩れがちになっていた。今回も大きな仕事の緊張で、ホルモンバランスを崩していたのかもしれない。
 例のショッキングな発言によって、精神の動揺が身体に強く影響を及ぼした結果とも考えられるのだ。
「……それなら、納得出来るかも。……おかしな病気とかじゃなくて良かった……」
 肩を竦めた美春が控え目に笑むと、冴子は説明を追加する。
「でも、もしもこんな症状を何日も続けて起こすようなら、PMDDといって、月経前不機嫌性障害っていう重度の症状である可能性も出てくるの。そうなったら適切な治療が必要になってくる場合もあるから、もしも明日、予定日に生理が来ないままいつもよりPMSが酷いようなら、お医者様の診察を受けてちょうだいね」
 説明は美春へ向けてされている。だが冴子は、途中から学へ向けて警告を促していた。
 美春を気遣ってやって欲しいと、同じ女性の立場から、彼に願い出たかったのだろう……。








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