理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第9章3(ムードメーカー)

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「分かりました」
 冴子の心遣いに応え、学は快く了解をした。
「明日明後日も様子がおかしいようなら、主治医の診察を受けさせます。確かに、最近過度の緊張で疲れ気味だ」
 勝負をかけたこの仕事で、過度の緊張や気遣いを強いられていたのは学だって同じだ。彼は背負っているものが大きい分、美春のそれとは比べ物にならないほどのプレッシャーを抱えているはずなのだ。
 お茶をひと口すすり、「ホッとするな」と笑いかけてくれる学を見つめ、美春は切なくなった。

 学はそのプレッシャーを決して表には出さず、周囲の人間に感じさせない。
 美春の前でだけ、ふっとした瞬間に疲労を覗かせることはあるが、湧き溜まる激情を晒してしまうことはない。
 それは学が、美春に本心を見せていないという意味ではなく、同じようにプレッシャーを感じているであろう彼女の動揺を誘わぬよう、自己の感情を上手くコントロールしているだけなのだ。
 それが分かっているので、動揺して失神までしてしまった自分が、美春は情けなくて恥ずかしくなった。

 美春の件となれば、流石に学は物分かりが良い。満足げな冴子に、学はチラリと本心を覗かせる。
「まぁ、実のところ、月のものが来なくて体調が優れないというのなら、PMSではなく違う原因であって欲しいと、私は思ってしまいますが」
「まっ……、まなっ」
 すぐにその意味に気付いた美春はうろたえるが、話を振られた冴子は「あらっ」と声をあげて余裕を見せた。
「専務は正直ですね。身に覚えがおありなんですね? 潔くて素敵ですよ」
「褒めてもらえて嬉しいです」
 和やかに笑うふたりは大人の余裕だが、笑えないのは美春ひとりだ。
(なっ、何て話に持って行くのよぉ、もぅっ!)

 とはいえ、言われてその可能性がないわけではないと思ってしまうのは、ひと月近くロシュティスの件で緊張が続いていたので、もしかしたらホルモンバランスが崩れているかもしれないという可能性もあるからだ……。
 まったくありえないことではない。以前にも、環境の変化で身体に変調をきたした経験がある。
(……もしかして……、排卵日がズレていたり……)

 深刻な方向へ思考が傾きそうになった時、ドアにノックの音が響き、一気に場を明るくしてくれる声が響いた。
「お待たせしましたぁ、光野さーん、起きてますかぁ?」
 美春は飲んでいたお茶を噴き出しそうになってしまった。明るいというか浮かれているというか、これは須賀の機嫌が良い時の声ではないか。
 足音と共に、一カ所だけ引いてあったカーテンの陰から須賀が顔を出した。その後ろから櫻井も姿を見せる。
「大丈夫ですか? 光野さんが好きな、ハニーシロップがかかったドーナツ買ってきましたよ。元気出してくださいね」
「え……、ドーナツって……」
 キョトンッとする美春に構わず、いそいそと傍に寄ってきた須賀は、身を屈め手に持っていたドーナツショップの長細い箱を目の前に出す。 
「はい、どうぞ。丁度、オレ移動中だったんですよ。そうしたら櫻井さんから連絡が来て、光野さんが疲労で倒れたからケーキか何か買ってきてやってくれって。ドーナツ屋が近くに見えたんで、飛び込んで買ってきました。光野さんが好きそうなのばっかり買ってきましたからね、ほら、見てください」
 倒れたと聞いて吃驚した分、ベッドに起き上がっている美春を見て安心をしたのだろう。嬉しそうに箱を開け始めた須賀を前に、美春は彼の背後に立つ櫻井へ視線を移した。

 すると、櫻井は黙って人差し指を唇の前で立てたのだ。

 美春が倒れた本当の原因を、須賀には言うなというのだろう。確かに本当の理由を知ったら、須賀の方が倒れてしまいそうだ。
 
「光野さん、頑張ってたから疲れが出たんですね。あれですよね、あとは結果待ちなんでしょう? そう思ったら、きっと力が抜けちゃったんですよ。少し休んで、良い結果が出るのを待ちましょう」
「有難う……、須賀さん」
 結果はこちら側の返答次第なのだ。そんな事実を思い出しそうになり胸が詰まるが、美春は須賀が開けてくれた箱の中を覗き無邪気な声をあげて見せた。
「わぁっ、美味しそぉっ。ドーナツ好きーっ。有難う、須賀さん、ぜーんぶっ食べていい?」
「いいですよーっ、ぜーんぶ食べちゃってくださいね」
 仲良しさん宜しく懐き合うふたりだが、箱の中は十個ほど入っているのだから、もちろん学の的確なひと言は飛んだ。
「太るぞ。美春」
 ピタリと笑顔が固まった美春は、そのままクルリと冴子へ顔を向け須賀を裏切る。
「皆で食べましょうっ。冴子さんも、ねっ?」
「じゃぁ、お皿取ってくるから、待ってて」
 クスクスと笑いながら冴子が給湯室へ向かおうとすると、美春は須賀に彼女の手伝いを頼んだ。本来なら、夫である櫻井に「奥さんを手伝ってあげて下さいよー」とひと言あるのが普通なのだが、須賀は特に疑問にも不満にも思わず手伝いに向かう。

 ふたりの姿が消えると、美春は櫻井に向き直り頭を下げた。
「有難うございます、係長。……色々、ご迷惑をかけてしまって……申し訳ありません……」

 そんな大人しくなってしまった美春を前に、櫻井はふうっと鼻で息を抜き、忠告を促す。
「女史……。絶対に、専務から離れようなんて考えは起こすんじゃないぞ」

 真剣だが、その口調にはどこか不安が混じっている。
 美春は息を詰めて彼を見つめた。








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Re: お久しぶりです!!(hiromiさんへお返事です1/30)

hiromiさん、こんにちは!

 お久し振りです!!(≧∇≦)
 お声をかけて頂けてスッゴク嬉しいですよ!!
 「読んでて頂けたんだ」と半泣きでした。(笑)

 メルアド記入があったので、そちらにお返事しようと思ったのですが、どうしても戻ってきてしまいます。
 数回試みましたがお届け出来ないようですのでこちらでお返事させて頂きますね。すいません。

 とうとう最後の試練がやってまいりました。
 これを乗り越えないことには……。本当のハッピーエンドを迎えることはできないのですね。
 他の事件編のように派手な演出がない分、かなりきつい展開になっていますが、hiromiさんが妄想して下さっているソノシーンがくることを、信じていてくださいね!

 hiromiさんもお仕事でお忙しいとは思いますが、どうぞお身体おいといくださいね。^^
 またお時間ができた時にでもお声をかけて頂けると嬉しいです。

 有難うございました!

PS ふふふ、龍ちゃんは元気そうですね~~。^m^ 隼も元気ですよ。^^ 龍ちゃんもそろそろ幼稚園(保育園?)のお年頃でしょうか?

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