理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第9章5(行く末の不安)

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「家に帰っちゃ駄目なのかしら……」
 十日近く眠っていたわりには、悪気なく無理を口に出すさくらを前に、美春とエリは良く似た顔を並べてキョトンっとしてしまった。
 それを見て思わず笑ってしまうのはさくらだ。ベッドのリクライニングに凭れかけていた上半身を前に屈め、横一直線に並ぶふたつの顔を覗き込む。
「何おかしな顔で驚いてるの?」
 呆気にとられた同じ顔は、同時に眉を寄せ彼女を責めた。
「だって、お母様がっ」
「そうよ、さくらちゃんがっ」
 今度こそさくらは失笑する。エリと美春が口調まで同じトーンで異議を口にするからだ。

 金曜の夜にさくらが目覚めたと聞き、取り敢えず気疲れをさせないよう土曜日を避けて日曜日に様子を見に来た学と美春は、いつもの明るいさくらの笑顔に迎えられた。
 そしてもうひとり、「あっ、やっぱり来た」と、ひと足先に来ていたエリにも歓迎されたのだ。

 学は主治医の斉と話をする為に病室を出ている。さくらの症状を詳しく聞きに行っているのだと思うが、本人の様子を見る限り、奇病に侵されているなど信じられないほど元気だ。
「ふたりで責めないでよ。だってね、私がここにいると、本来お休みの日でも斉先生がお休みをとれないのよ。お気の毒でしょう?」
「ふぅん……、主治医さんに託けちゃって。一さんと一緒にいたいから帰りたいだけなんでしょう?」
 エリの冷やかしに、さくらは「当たりっ」と肩を竦めるが、すぐに諦め半分の溜息を漏らした。
「でも、治ったわけじゃないから、仕事には出してもらえないし……。帰ったって、いつまたおかしなことになるか分からない。だったら、病院にいた方が良いのよね……」

 話題のひとつとして「帰りたい」などと言ってみるが、さくら自身、そんな戯言を口にして良い状態ではないと分かっている。エリはともかく、美春はさくらが奇病に侵された原因を知っているので、どうにもしてあげられない理不尽さが歯痒いばかりだ。
 慰めにならずとも、美春は極力明るい口調でさくらを励ました。
「お父様も、早くお母様と仕事がしたいと思っていますよ。櫻井係長も代行を頑張ってはいますが、お母様ほどではありませんからね、早く戻ってその敏腕秘書ぶりを発揮して下さい。係長が頑張り過ぎて倒れないうちに」
「櫻井君、本当に頑張ってくれているみたいね。今日だって、一さんに着いて仕事に出ているのでしょう? 冴子さんの傍にいたいでしょうに……。ちょっと申し訳ないわね」
「大丈夫ですよ。よく処置室でイチャイチャしてますから、係長」
「知ってるわ」
 いつどこで知ったのかは不明なまま楽しげに笑うさくら。美春は更に笑顔でたたみかける。 
「退院して仕事に出られるようになったら、頭撫でて褒めてあげて下さいね」
「櫻井君に? 嫌がられないかしら」
「泣いて喜びますよ」
 自分で口にしたものの、「良い子良い子」と頭を撫でられて喜ぶ櫻井を想像し、美春はついクッと喉を鳴らしてしまった。

「一さんも相変わらず忙しいのね。大介もね、急に金曜の夜から研究室に泊り込んでいるのよ」
「え? お父さん、家に帰ってないの?」
 父親が家に帰っているのかいないのかを娘が知らないというのも微妙な話ではあるが、週末から葉山家にいた美春には初耳なのだ。
「うん、今夜はね、帰って来るって連絡が来ていたんだけど、着替えなんかを用意しておいてくれって言ってたから、明日から研究室にでも泊り込むつもりなのかも……。何かあったのかしら、金曜日に」
 何故大介が泊り込みになったのかまでは分からなかったが、金曜日と聞いて美春はドキリとした。
「美春もそうだけど、大介も夏季休暇が取れるのは九月に入ってからになりそう。八月いっぱいは忙しそうだわ」
「大丈夫、ウチもよ」
 急に慌ただしくなった八月のスケジュールを笑いながら話す母親ふたりを横目に、美春は胸が苦しくなった。
 
 学と美春も、ロシュティスの件がひと段落ついたら夏季休暇に入る準備をするはずだった。
 だが今の状態では、学とD国へ旅行に行く話どころか、九月からの仕事がどうなってしまうのかさえ分からない。

 もし本当に、アランの元へ行かなくてはならなくなってしまったら……。

 気を強く持たなくてはと思いながらも、これからの見通しが全く立たない現実は、思う以上の不安を美春に与える。だが俯き気味になった彼女の頭を、さくらがポンポンッと撫でた。
「大丈夫よ。忙しいのは皆が頑張っている証拠だもの。美春ちゃんや学だけが、気を張っている必要なんてないわ」
「お母様……」
「あなた達は、自分達の成果のためだけにロシュティスの件を頑張ってきたわけではないでしょう? この大きな契約には、会社の未来もかかっているのだもの、皆で頑張るのは当たり前よ」
 どうやらさくらは、美春が俯いてしまった原因を、自分達が担当であるロシュティスの件で周囲まで忙しくしてしまっている、という申し訳なさからだと取ったようだ。
 さくらが金曜日の件を知っているのかどうか美春には分からないし、エリがいる前で訊ねるわけにもいかない。美春を俯かせた原因が金曜日の一件であるにしろないにしろ、励ましをくれるさくらに応えて、美春は笑顔を見せた。
「はい、結果が出るまで、私も諦めずに尽力します」








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