理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第9章9(アランとエリの過去)

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「よく来たね、ミハル」
 アランの歓迎は爽やかだ。両腕を広げ速足に歩み寄ってくる様は、どれだけ彼が美春の到着を待ち侘びていたのかを知らしめる。
 そして彼は、その爽やかさを保ったまま、傍らの柳原へ声をかけた。
「やぁ。警備員の彼はボディガード代わりかな? 余程僕は信用されていないようだ。僕の秘書はひとりで出向いて行ったというのに。でも、申し訳ないが外してくれるかい? 大切な仕事上の話なんだ。ドアの前で待っていてくれ、もしも、ミハルの悲鳴が聞こえたら飛び込んでくるといい」
 ジョークを交えた口調は実に感じが良い。柳原ならずともこんな雰囲気で退室を願われたなら、素直に出てしまうというものだ。
「じゃぁ、自分、廊下にいますから。御用があったら大声で呼んでください」
 何の疑いもなく柳原が出ていく。部屋から続く通路の奥でバタンとドアが閉まる音がすると、アランは美春の肩を抱きよせた。
「来てくれて安心したよ。てっきり、無視されるのではないかと思っていた」
「……無視をしたら、契約の話も、抗体の話も、なかったことにされるのでは?」
 美春は抱かれた肩を気にしながら、皮肉を込めてアランを見る。すると、爽やかだった彼の表情が不気味に歪んだ。
「頭の良い女は、好きだよ」
「――悲鳴を上げますよ……?」
「ドアはオートロックだ。外から飛び込んでなんか来られないさ。単純なボディガード君は、気がついてなかったようだけど」

 アランが美春に会いたがっている、新しいボスとの親交を計る、そう伝えてきたグレースの言葉に従ったように見せ、実のところはアランと差し向かいで話がしたいという目標を持って、やって来た美春。
 マニフィーク・ヒルのハイラグジュアリースイートで、ひとり美春を待っていたアランは、いつものスーツ姿とは違うラフなシャツ姿だった。
 一見休日を楽しむ紳士風ではあるが、表向き親交だと仕事の一環であるかのように言いながら、仕事としては捉えていない雰囲気が少々癇に障る。

 自分だけが身がまえて、余裕を持てない状況に苛立ちを感じているせいかもしれない。
 美春は自分の感情が卑屈になりかかっている現状を危惧する。
(落ち着かなきゃ……。私は、アランと話をしに来たんだから……)

「こっちに来て座りなさい。何か飲むかい? ミハルはやはり紅茶なのかな? 他には何が好きなんだろう、今日はゆっくり聞かせてくれ」
 肩を抱いたまま、アランは美春をソファへと促す。しかしその途中で彼女の足は止まった。
「私は、仕事でここへ来ました。社長と親交を持つようにと……。ですが、その前に、契約時に出された条件についてのお話を、社長とさせて頂きたいのです」
 一緒に足を止め美春を見つめるアランは、その顔から笑みを消し、思いつめる彼女に確認をする。
「……『アランと呼んで欲しい』、そう先週言ったはずだが?」
「それは、できません……。“母の知人”として接している時になら呼べますが、私は今、仕事で来ています」
 求められるままに名前で呼んだのなら、アランの条件に屈してしまった気分になってしまいそうだ。
 それだけは避けたい。美春はブラウンの瞳を見つめ、その奥にある真意を確かめようとした。

「何故、あんな条件を出されたのですか? 本気で私を秘書にしたいなどと思っているわけではありませんよね?」
「おや? 心外だね。勿論思っているさ。だからこそ、確実にミハルを手に入れる為に今回の条件にもしたんだ」
「グレースさんは……? 社長には、とっても素晴らしい秘書がいるのに……」
「その素晴らしいものと引き換えにしても、僕はミハルが欲しいんだよ」
 肩に回されていた腕が美春を抱き込む。彼女は両手でアランの身体を押し、その腕から逃れた。
「私が……、母に似ているからですか!?」

 心惹かれた女性を、もう二度と手放したくはないと言ったアラン。
 昔、エリに惹かれた彼ではあったが、彼女は結婚をしている身。彼は、遂げられない想いを手放すしかなかったのだろう。
 そして今、美春という生き写しの娘に、過去の夢を見始めてしまった。

「母に似ているから……、私を傍に置きたくなった……。たったそれだけの理由なのに、契約やら抗体やらの条件にするなんて……。おまけに、妻になれだなんて……」
「おかしいかい?」
「ご存知でしょうが、私は葉山専務と婚約をしています。なのに……」
「血が繋がった人間を優先して傍に置きたいと思うのは、おかしな事かい?」
「……血?」
 美春の言葉が止まった。ムキになって必死に彼を遠ざけようとする美春を、アランは哀しそうな瞳で見つめる。
「エリが結婚をした当初、光野博士は研究が忙しく、すれ違いばかりで、エリが寂しがっていたのは知っている?」
 美春は怪訝そうに眉を寄せた。大介が研究や論文で忙しかったという話は聞いたことがあるが、その時の成果があったからこそ、彼は若くして本社に、室長の肩書きと共に迎えられたのだ。

「自分の仕事のために、博士はエリを犠牲にしていた。すれ違いばかりの結婚生活だ、エリは妻としても女としても寂しかっただろうね。その証拠に、子どももなかなかできなかった」
「それは……」
 子どもができなかったのは、元々エリは婦人系が丈夫ではないからだ。美春を妊娠する前は、二度の自然流産を経験している。
 結婚後、なかなか妊娠できず、さくらが先に身籠った時は羨ましくて密かに泣いてしまったと、笑い話のように話してくれた。

「でも、そんな時期に、ずっと毎日彼女の傍にいたのが僕だ。毎日毎日、彼女を癒してあげていたのは、僕なんだよ」

 首を傾げた美春だが、徐々にアランが言わんとしていることを理解し始める。
 だが、その考えのあまりのおぞましさと有り得なさに、彼女は全身の血が凍りつくほど冷たくなっていくのを感じた……。









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