理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第9章10(冷たい疑惑)

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「何を、馬鹿な……」
 微かに出した声は、震えて言葉にならない。
 蒼白になった美春の頬を、アランの指先が撫でた。
「幼いミハル美春を見た時、僕がどんなに嬉しく、そして切なかったか分かるかい……? 涙を呑んで別れ、そして今、こんなにも綺麗な娘に成長した君を見て、どんなに嬉しいか……」

 美春は飛び退くように一歩引き、吃驚しながらも彼を否定する。
「ば……馬鹿なこと言わないでください……。母が……そんなことをするわけがないでしょう……。おまけに私が、……どうして、社長の……」
 ハッキリとした言葉で反論できない自分がもどかしい。こんな話は、口にするのも嫌だった。

 父を愛し、何よりも家族を大切にしているあの母が、寂しさのあまりアランに身を預けていたなどと。
 何故、信じられる……。

「信じられない?」
 一歩近付けば一歩後退する。警戒心を露わにした美春を、アランは切ない面持ちで眺めた。
「まぁ、無理もないね。いきなり僕が言ってもダメだったか」
「母が言ったって信じません。母は……父を裏切るような人じゃない……。いくら寂しくたって、そんな……。大体社長が私の……、そんなことがどうして分かるんですか、ただの想像でしょう」
 数カ月でも大介がエリと離れて暮らしていた期間があり、その間、アランがエリの傍にいたとでもいうのならば少しは疑いようもあるが、研究に忙しくとも、大介はずっとエリの傍にいたのだ。
 もし仮に、エリがアランと身体の関係に至った経験があったとしても、それが美春に関係あるかなど分からない。

 頑なにアランの言葉を否定する美春は、構え過ぎて表情が固まってしまった。疑惑の視線をアランに向け、絶対に信じないと言わんばかりに唇を震わせる。
 そんな美春に、アランは情け容赦ない理屈をぶつけた。
「ミハルは僕の言葉を否定するが、じゃぁ反対に、僕がミハルの父親ではないと、どうしてハッキリと言える? エリが博士を裏切るはずがない、ただこれだけの理屈だろう? ミハルは知らないだろうが、エリが美春を宿した時期、博士はとても忙しく、夜家に戻らないことも珍しくはなかった。はたしてそんな中で、普通に夫婦が愛し合う時間なんてあっただろうか」
「……それは……、でも、……毎日いなかったわけじゃないだろうし……」
「結婚してからエリが妊娠できなかったのは、生殖の相性というものが関係していると僕は思っている。妊娠できないと思っている女性が、パートナーを変えるとすぐに妊娠できたりする、これが、生殖上の相性だ」
「私には弟がいるわ。あなたの陰なんてひとつもなかった頃にできた弟よ。……それでも、父と母の相性が悪くて、母は父では妊娠できないって言えるの? 弟は父にそっくりだわ!」
「女性の身体は神秘的なものだよ。そして気まぐれだ。女性の身体は、一度の出産でどんどん変わる。エリの場合も、美春を産んだ後に変わっていったんだろう。博士を受け入れられる生殖的相性を得られたんだ、良いことだろう」
「こじ付けよ、そんなの!」

 美春は否定を強い憤りで表しアランを睨みつけるが、ふっと震える唇を歪めた。
「それじゃぁ……、話がおかしいわ……。あなたは、私を妻にしたいと望んだのよ……。あなたの言い分が正しいなら、あなたは、血の繋がった“娘”を妻にしようとしているのではないの?」
 そんなことは、まともな考えでは有り得ない。美春は積み上げられた疑惑を一気に崩そうとしたが、アランは口角を上げ、美春以上に冷たい嘲笑を見せたのだ。
「問題はない。君はエリにそっくりだし、君が、幼い頃のように僕へ笑いかけてくれるなら、僕は君を女性として愛していける」

 アランの声が遠くなる。
 美春は眩暈がした。
 冷や汗が出て、呼吸が荒くなる。先週の会議室で起こした状態と同じになりかかっている自分を察し、美春は意識をシッカリ持とうと目を見開き下唇を噛んだ。

(こんなこと……信じない……)
 これはアランの作り話だ。美春を手に入れる為に作られた話だ。
 美春は強く自分に言い聞かせる。
(お母さん……違うよね……、お母さん……)
 けれど、心はエリからの助けを求めた。
 母から直接、「違うわよ、当たり前でしょう」と頬笑みをもらいたかった。

 叫び出してしまいたいほどに心が騒ぐ。美春は居ても立ってもいられなくなり、アランへひと言の言葉も掛けることなく踵を返した。
 廊下を走り抜け、部屋のドアを勢いのまま開く。言われた通り律儀にドアの前で待っていた柳原が、驚いて一歩飛び退いた。
「おっ、お嬢さんっ、どうしたんですかっ、何かあったんですか」
 深刻な表情で飛び出してきた美春を見て、柳原は動転したのだろう。呼び方が仕事用ではない「お嬢さん」になってしまっている。
 何も言わずに速足で歩き出した美春を追い、心配そうに見ていると、美春は小さな声で彼に告げた。
「柳原さん、先に会社へ戻っていて下さい……。私、寄って行きたいところがあるので……」


*****


 エリは困っていた。
 玄関で立ち竦む彼女の腕には、ピンクの薔薇の花束。それも、意味を勘繰りたくなる三十六本。
 たった今、フラワーセンターから宅配で届いた。送り主はアランだ。
「何なの……、もぅ……」
 溜息をつき、鮮やかなピンク色を見つめる。
 本人が持って来たのなら返すこともできるが、これでは引き取るしか手がない。勿論、文句どころかお礼を言うこともできないのだ。
「お礼……言っておいた方が良いかしら……」

 美春や大介が関わっている今、できればアランとは深く関わりたくはない。だが、美春の仕事のことを考えて、少しは彼にお愛想を振っておいた方が良いだろうかとも思うのだ。

 考え込む彼女の前で玄関のドアが開く。誰だろうかと顔を上げたエリは、すぐさま小首を傾げた。

「どうしたの、美春。仕事は?」

 そこには、息を切らせ蒼白になったまま、表情を固める美春がいる。
 エリが手にした薔薇の花束を目に、湧き上がる嫌悪感が美春の心を苛んだ。

 
 温かな家族の絆に、冷たい鋏があてがわれた――――。








**********

後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第9章、今回でラストとなります。

 返事を待つ事もなく、当然のようにアラン側は動き出しました。
 さくらの症状や美春の体調など、心配なことはありますが、お分かりの通り、見えない部分でも動き出した人たちがいます。
 ですが、周囲の策を忘れさせてしまうような事実を、アランが突き付けてきました。
 果たして真相は……。

 ここから美春が、どんどん追い詰められていきます。
 少々落ち着かない展開になっていきますが、第10章も宜しくお願い致します。


*第10章は、2月18日からになります。







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