恋のエトセトラ

●『白衣と眼鏡と、チョコよりキミ!』(2013バレンタインSS)

 ←第9章10(冷たい疑惑) →第10章1(応接室の親交)

「西郷先生、これどーぞ」
 甘えた可愛らしい裏声を出す女子生徒の手にあるのは、ピンクのペーパーでカラフルにラッピングされた包み。それも、ふたり並んだ女子は、全く同じ物を差し出している。
 差し出した瞬間、横目でお互いを牽制し合ったふたり。一緒にバレンタインのチョコを買いに行く親友関係ではあるが、今だけはライバル同士なのだという心情が窺える。

 そんな少女達の気持ちがささくれる前に、西郷毅(さいごうつよし)は両手で同時に包みを受け取った。
「有難う。良いのかい? 僕が貰っても。嬉しいな、返さないよ?」
 爽やかな口調と、美麗な笑み。誰もが認める端整な美男子然とした彼は、この私立城北高校の養護教諭。その整いすぎた容姿で、時として女子生徒達を惑わす罪深い男だ。
 スラリとした長身に白衣が清々しい。白衣の中には常にワイシャツとネクタイを用いる身形(みなり)の良さは、非常にサマになっている。その姿は「学校一、白衣が似合う先生」と生徒達に承認されているほどだ。

 毅の頬笑みに失神しそうになりながら保健室を出ていく女子生徒を見送ると、彼は両手に持っていた包みをポイッとデスクの上へ放り投げ、山積みになっているバレンタインデーのチョコレートを前に溜息をついた。
 毅がこの高校の養護教諭になって三回目のバレンタインデー。これは毎年見られる光景だ。
 すると、まるで今までいた女子生徒が出て行くのを待っていたかのようにドアが開いた。入室してきたのは、ひとりの女子生徒だ。彼女は無言のままデスクへと近寄り捧げ物の山を眺める。
 小柄だが、制服の上から見ても分かるスタイルの良さ。スタイルだけではない、輝かんばかりに美しいサラサラの黒髪を肩に流し、眼鏡の奥に輝く瞳は聡明で澄んでいる。
 自他ともに認める“眼鏡美人”である彼女は、二年生にして生徒会長を務める、早乙女花(さおとめはな)。品行方正、成績優秀、温情溢れる真面目な人柄は、男子女子、教師陣にも定評がある。

 花はふうっと溜息をつくと、腕を組み、皮肉を込めた笑みを毅へ向けた。
「今年も、大盛況だな」
 すると毅は花の高さまで身を屈め、彼女の顔を覗き込み、眼鏡の奥にある大きな瞳をジッと見つめ始めたのだ。花も毅を見る他ないので、彼に見られている間はずっと視線を合わせていた。
 その間、約三十秒あまり。
 突如、我慢しきれなくなった頬が染まった。――――但し、毅の……。
「ぃやだぁ、花ちゃぁん、そんなに見つめないでぇ」
 花恥ずかしげに逸らされる顔。いつもは凛々しい彼とは思えない態度と口調。慣れ親しんだ態度ではあるが、時々花の理性は「ぶちっ」という音を立てる。

「毅ぃっ、テメーが見てたんだろーがよ!」
「やーっ!! やめてやめてぇ! 花ちゃん、蹴らないでぇ!!」
「うっせぇ! その女々しい根性、叩き直してくれる!」
「いやぁんっ、花ちゃん、かっこいいっ!」
「やかましい!」
「やんやんっ!」

 恐らく、誰も信じはしないのだ。
 普段は凛々しい養護教諭の、こんなにも女々しいザンネンな姿と、眼鏡っ子美少女と囁かれマニア的ファンも多い生徒会長の、こんな雄々しい姿など……。

「ったく! これだから目が離せないんだ、毅は!」
 大きな身体をしゃがんで丸め、いじめられっ子よろしく両手で頭を押さえて花の蹴りから身を守っていた毅は、今の言葉にキラキラと潤んだ目を彼女に向けた。
「花ぁ……」
「はいはい」
 しょうがないなと言いたげに、花は毅の頭をなでなでと撫でる。半べそ状態の毅は、くすんっと一度しゃくりあげ、“かわいい”笑顔を花へ向けた。
「花、好きぃ……」
「はいはい」
「花、大好きぃ……」
「はいはいっ」
「花はぁ……?」
 愛情確認を強請る毅から目を逸らし、腕を組んだ花は顔を赤らめる。
「……好き……、って、言ってやっても良いぞ」

 ふたりの間で、今まで数え切れないほど飛び交った「好き」という言葉。毅はいつもストレートなのに、花はどことなくつれない。だがそのツンデレぶりが、毅には堪らないのだ。
「花ちゃぁぁんっっ、うれしのぉぉぉっっ!!」
 びっくり箱から飛び出した人形のように勢い良く飛び付かれ、花は「うわぁ!」と叫んで転倒した。
「こっ、こらっ、おりろ、どけっ、こら、毅!」
「花ちゃぁん、花ちゃぁんっ」
 犬のように頬を擦りつけ懐いてくる毅は、転倒した花の上へ覆い被さっている。よく考えれば、非常に意味深な体勢だ。

「花ちゃんは、本当に逞しくてカッコいいなぁ。ちっちゃい頃から僕を守ってくれたもんね。大好きだよ、花ちゃん」

 “初恋の人”にここまで言われて懐かれては、いくらツンデレ体質の花でも悪い気はしない。
 毅と花は幼馴染だ。
 美男子で男っぽいのに、性格が異様に女々しい毅。
 美少女で女っぽいのに、性格が異様に雄々しい花。
 似た者同士というか、お互い足りない部分を補い合ってしまったというか、昔からふたりの相性は抜群で、気がつけば恋愛感情的に両思いの関係になっていた。
 ふたりが恋人同士であることは、もちろん秘密だ。花は小中学校の友人にさえ毅のことを「近所に住んでるお兄さん」としか言ってはいない。
 そしてこの、隠された女々しさも、雄々しさも、ふたりだけの秘密なのだ。

 押し倒してしまった魅惑的な体勢から我が身を起こし、毅は笑顔でデスクを指差す。
「チョコ食べようか? いっぱい貰えたから。花ちゃんが好きなガト―ショコラなんかもあったよ」
「ホントにか? 食べる食べる、毅、お茶」
「はぁい」
 毅が離れると、花も上半身を起こす。スカートのポケットに手を入れ、彼の白い背中を呼びとめた。
「ちょい待ち。その前に、これ、やるよ」
「何?」
 くるりと振り向いた毅の目に映ったのは、真四角の小さな包みを差し出す花の姿。ゴールドの包装紙に茶系のリボン。リボンには高級チョコレートブランド名が刺繍されている。
「ほら。受け取っても良いぞ。バレンタインなんだからな。やるのはとうぜんだろう。その代わり、毅は私がやったもの以外は食べるなよ」

 毎年のバレンタインは、毅が花をパティスリーカフェのケーキ食べ放題へ連れていく。
 花は学生だし、毅は年上だ。立場的に、彼女にお金を使わせるようなことをしてはいけないと考えている彼は、自分の誕生日さえ、彼自身が花を食事へ連れて行き奉仕する。
 それで花が笑ってくれると、彼はとても嬉しい。それこそ、その笑顔こそが彼へのプレゼントになっているのだ。
 だがやはり今までで一番のプレゼントは、花が十六歳になってから迎えたクリスマスに、彼女のヴァージンをもらったことだろうか。

 奉仕されまくりが当然の花が、バレンタインだからと言ってチョコを差し出している。毅は嬉しくて堪らない。思わず顔に合わない満面の笑みを浮かべながら受け取ってしまった。
「わぁ、有難う、花ちゃん……、嬉しいよぉ」
「ま、まぁ……、嬉しい、なら、……良かった、な」
 ツンデレ彼女が照れるさまは、毅にとっての“御馳走”だ。彼はいきなり花を、お姫様抱っこスタイルで抱え上げた。

「あーあ、もぅっ、我慢出来ないしっ」
「つっ、毅っ? どうしたっ?」
「“花ちゃんが食べたい”って、下半身がウズウズする」
「うっ……ウズウズとか、言うなっ! ばかっ!」
「やだやだやだぁっ、食べるのぉっ」
「ガ……、ガト―ショコラは……?」
「あとでっ」

 保健室付属の簡易ベッドへ花を放ると、上から覆い被さり、毅は花の眼鏡を取り上げて白衣のボタンを外し始めた。
「んふっ、いっただきまぁすっ」

 ――――こんな時だけ、彼の顔も態度も、雄々しくなる。

「ん……、んふっ……じゃねーだろうっ!! ここは保健室だぞ、このっ、エロ保健医っ!」

 と、叫びつつ……。

 こんな時の花は、顔も態度も徐々に“女の子”らしくなってしまう。

 女々しい残念なイケメンと、雄々しい残念な美少女。
 ふたりの、どこか変だがチョコと同じくらい甘い幸せな恋愛は、変なまま、続いていくのだ。




     『白衣と眼鏡と、チョコよりキミ!』

     *END*







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