理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第10章2(罪深い確認)

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「あれぇ、どうしたの、お姉ちゃん、仕事は?」
 偶然にもエリと同じ台詞を口に、二階から階段を下りてきたのは一真だった。
 彼はこれから大学へ行くところだったのだ。部屋を出たところでドアが開閉する音が聞こえたが、その前にドアチャイムの音もしている、なので、配送関係の業者だろうと思いこんでいた。
 階段を半分下りたところで目に入ったのは、玄関に立つ美春と、薔薇の花束を抱えたエリの姿。
 週明けの早朝出社に備える意味でも、美春は昨夜、葉山家で過ごしている。姉の姿を見るのは数日ぶりではあるが、今は会社にいるべき時間帯だろう。仕事に関する問い掛けになってしまうのは当然だ。

 だが一真は、すぐに様子がおかしいと気付く。
 エリは雰囲気的にいつも通りだ。仕事に出ているはずの美春が目の前に現れて、不思議そうにキョトンッとしている。
 おかしいのは美春なのだ。どこか切羽詰まった表情を晒すその顔は蒼白で、まだそんなに外気温も上がってはいないはずなのに、額から玉の汗が顎へ流れ落ちている。

「何かあったの? お姉ちゃん」
 気遣いながら階段を下りるが、エリの横に立った彼は彼女が抱える薔薇の花束に心を奪われた。
「わぁ、綺麗だね、お母さん。どうしたの、この薔薇」
「あ、うん……、今ね、届いたのよ」
「へぇ、凄いなぁ、いっぱいあるね。そうだ、何本か貰っても良い? これから晶香ちゃんを短大に送っていくんだけどさ、何本かあげたいなぁ」
「いいわよ、じゃぁ、半分あげる」
「半分も? いいの?」
「ええ。十八本あれば、恰好も付くでしょ」

 母が手にしている薔薇は三十六本だ。
 以前、薔薇の花束にまつわる話を学に聞いている美春は、“愛の告白”を表すその数に背筋が冷たくなる。

「誰から貰ったの!?」
 いきなりあがった金切り声に驚き、エリと一真は同時に視線を美春へ移した。
「誰に貰ったのよ、その薔薇! 誰が三十六本の薔薇なんてくれたの!? どうして、お母さんに……」
「美春……?」
「どうしてお母さんに……、その意味が分かって受け取っているの? “あの人”は、そういう意味で贈ってきているんでしょう?」

 エリは僅かに表情を固める。美春の様子がおかしい理由が、何となく分かりかけてきたのだ。
 この薔薇をアランからの贈り物だと確信付け、そのうえでこんなにも動揺を見せているということは……。
「美春……、あなた……」
 考えたくはない思いに、エリはふるりと身震いを起こす。
 ――美春は、何を知ってしまったのだろうかと。

「お姉ちゃん、落ち着きなよ。どうしたのさ、薔薇くらいで」
 何故美春がこんなにも憤っているのか、一真には分からない。ただ、以前も同じように薔薇の花束を贈られていることから、贈り主の見当はつく。昔、エリの生徒だったという、あの外国人なのだろう。
 諭そうとした一真の言葉も、美春の耳には入らない。彼女は力任せにエリの腕から花束を奪い取ると、それを足元に叩きつけたのだ。
「こんな物、受け取らないで!」
「お姉ちゃん!!」
 花を無碍に扱う姉など初めて見る。到底美春がやることとは思えず、一真は吃驚し大きな声を出してしまった。
 反対にエリは息を呑み、花束を取り上げられた形のまま固まってしまっている。

 一真は美春の様子にただ驚いているが、彼女の一連の言動は、エリにその動揺の理由を知らしめた。
 やり過ごせるよう望んでいた件ではあるが、それは避けられない現実となって襲いかかる。エリは息を詰め悲しげに問いかけた。
「美春、アランに、何か言われたの……?」

 エリの問いかけは、美春を落ち着かせるどころか、かえって動揺を煽った。
 今にも泣き出してしまいそうな震える声で、美春はエリに問う。
「お母さん……、アランは、本当にお母さんの生徒だっただけなの……?」
 問われて答えないわけにはいかない。“真実”だけを、エリは隠さず彼女に告げた。
「そうよ、……アランは、私の生徒だったの。日本語学校で」
「仲が良かったんでしょう?」
「……そうね」
「ふたりきりで話をするくらい……。アランが、お母さんしかいない家に、遊びに来るくらい……」
「美春……」
「お父さんがいない時に、ふたりきりでいるくらい、仲が良かったんでしょう!?」
「美春……!」
「お姉ちゃん、やめなよ! どうしたの!」
 それ以上を責められるのが辛くなったエリと、美春が言わんとしていることを直感的に悟った一真が、同時に口を出す。ふたりの台詞が重なった直後、美春の口から罪深いひと言が漏らされた。

「……私……、アランの娘なの……?」

 ――――沈黙がその場を支配した。

 エリは勿論、あまりの展開に一真も言葉が出ない。

(お母さん……、何か言って……)
 美春はエリを見つめ、切望する。
(……お願い……、“違う”って、笑って……)

 アランが告げた衝撃的な話に動揺を覚えてから、美春はずっとエリに求めていたのだ。
 ――母の口から出るであろう、否定の言葉を。

 「違うわよ、何を言っているの」と。
 「馬鹿なこと言わないの。お父さんが泣いちゃうわよ?」……と。

 いつもの口調で、いつもの笑顔で。

 美春は母から、“否定”が欲しかったのだ――――。

「アランが……、そう言ったの……?」
 しかし、その母から出たのは、悲しげな表情と事実の確認。
 美春は涙が溢れ出し脚が震えた。そのまま膝が崩れてしまいそうなショックを耐えるために、彼女は身体を固くする。

 否定をしない母。
 これは、肯定なのか……。








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