理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第10章3(哀しい怒り)

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「酷い……、お母さん、酷いよ……」
 止めどなく溢れ出す涙をどうにもできないまま、美春は目の前で、過去に苛まれる罪人のような表情をするエリを見据える。
「いくら……、お父さんが仕事でいなくて、寂しかったからって……」
「……美春」
「お父さんを裏切って……、家族を騙して……、今まで、ずっと……」
「違うの……、美春……」
「バレなきゃいいって思ったの? ……アランが現れなきゃ、……このままずっと、知られる心配なんてなかったもんね……」
「美春……、聞いて」
「このままずっと、皆を騙し続けるつもりだったんだ……。お父さんのことも、ずっと……」
「美春……! 違うの……、分からないのよ……」
「何が分からないの!? 疑う可能性があるなら、どうして私を産んだの!? アランが父親である可能性があるのに……!」
「美春!! やめて!!」

 悲鳴のような金切り声をあげて、エリは美春の両腕を掴み強く揺すった。
 悲しみのままに掴まれた腕は、母にこんな力があったのかと美春に思わせるほど痛み、ただ感情が赴くままに母を責めてしまった自分を我に返らせる。
「ちがうの……、ちが……」
 エリは同じ言葉を繰り返し、美春の腕を掴んだままその場に泣き崩れる。嗚咽に大きく震える肩が、美春に大きな罪悪感をもたらした。

 そのまま母を抱き締めて、一緒に泣いてしまえば良かったのかもしれない。
 けれどこの時の美春は、それをできるだけの心の余裕がなかった。
「もう……もういい! 何も聞きたくない!!」
 美春は毟るようにエリの手を引き離し、玄関を飛び出してしまったのだ。

 泣き叫んでしまいそうな口を両手で押さえ、美春は庭を抜け門へと走った。
 今にも後ろから、「美春、待ってーぇ、アイス食べて仲直りしよー」と、いつものほんわりと優しい声が聞こえてくるのではないかと心のどこかで期待してしまう自分が、悲しくて愚かだった。

 ――――母が好きだ。
 明るく朗らかで、とても優しい母。
 父に尽くし、家族を思いやり、幼い頃から学と美春を見守り続けてくれた。
 学が結婚の意思を伝えに来た十八の時、若さゆえ自分が置かれた立場も考えられず浅はかな考えを起こしていると、彼が大介に責められているのを見て泣いてしまった美春を、黙って抱き締めて守ってくれた母。
 身体に宿った守るべき命を、自然の摂理ゆえに無くしてしまった大学三年の春、同じ女性として美春と向き合い、次に迎える命のために立ち直る大切さを教えてくれた母。
 些細な誤解が原因で、大介が学との婚約を解消すると言った時も、あれほど仲の良い父を諭し、美春の味方になってくれた。
 どんな時も、精神面から美春を大切に守ってくれた人……。
 
 母のような女性になりたいと……。
 尊敬さえしていたのに。

 門を出てから、美春のスピードは落ちる。塀に片手を着きながら、彼女は倒れてしまいそうな身体を何とか支えていたが、数歩進んだところで力尽き、しゃがみこんでしまった。
「……お母さん……」
 恨みたいわけではないのに、心は憤ることをやめない。
 エリがアランと過ちを冒さなければ……。自分を産んでいなければ……。
 彼女に未練を残したアランに「似ているから」などという理由で目をつけられることも、秘書交換などという無茶を言われることも、娘かもしれない女を妻にしたいなどという常軌を逸した申し出を受けることもなかった。
「……どうして……」
 美春の涙は止まることを知らない。止めたいのに、止まってはくれなかった。

 閑静であるあまり、幼い頃は夜道が怖かった高級住宅街の道路だが、今だけは静かであることに感謝したい。
 こんな所でしゃがみこんで泣いている姿など、恥ずかしくて他人には見られたくない。自分の見てくれなど構っている場合ではないというのに、こんなに泣いて冷や汗をかいた自分は、どんなにみっともない姿をしているのだろうと考え、美春はおかしくなった。
 だが、誰にも会いたくはないと思っている時ほど、他人には見つかってしまうものだ。
 その時、いつの間にか近付いてきていた車が、美春の横へ静かに停まった。何気なく立ち上がって何もなかったように歩きだせば、気になって停まったのであろうこの車もどこかに行ってくれるだろうか。そんなことを考えていると、美春にとても馴染んだ声が乾いた彼女の体内に響いたのだ。

「美春」

 車から降り、近付きながらかけられる声。美春は引き寄せられるように顔を上げた。
「こんな所でしゃがんでいたら、……さらわれるぞ?」
 クスリと笑う声が美春を気遣い、その腕を取る。そこにあったのは、黒のレクサスと、そして……。
「お疲れ様、美春」
 安らぎをくれる、学の頬笑み。
「まな……ぶ……」
 彼が何故ここにいたのかは分からない。だが美春は、倒れそうな身体を寄りかけ、学にしがみついて泣きだした。








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