理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第10章4(幸せを壊す人)

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「美春……、みは……」
 美春が飛び出して行った後の光野家には、嗚咽を堪えようとするエリの呟きが、長い間響いていた。
 玄関に座り込み顔を伏せたまま、エリは動けない。あまりのショックに、美春を追うどころか立ち上がることもできないのだ。
 そんなエリの横で、一真も立ちすくんだままだった。
 本当は美春を追いかけたかったのだ。姉は気持ちが動転するあまり、冷静に物事が受け入れられなくなっている。追いかけて連れ戻して、落ち着かせてからもう一度、母と話をさせたかった。
 それができなかったのは、泣き崩れて動けなくなっているエリが心配だったからだ。
 
 一真はエリの横にしゃがみ込むと、玄関に散らばった薔薇を集め始めた。
「……可哀相に……、花がくちゃくちゃだ……」
 花びらを落とし、潰れ、茎が折れてしまったものもある。さっきまであんなに美しく咲き誇っていたというのに、ひとつの出来事によってこんなにも傷付いてしまった。
 まるで、今、この状況のようだと、一真は思う。
「可哀相だよ……、この花も……、お母さんも、お姉ちゃんも……。今更、お姉ちゃんにそんな話をした人も……」

 エリは涙で濡れた両手を顔から離し、花を拾い集める一真を見た。
「……こんな話をしたお母さんのお友達は、何がしたかったんだろう……。お姉ちゃんを困らせたかったのかな。……それとも、ウチの家族を壊したかったのかな……」
「一真……」
「昔何かあったんだとしても、……もう、何十年も経ってることなのに、どうして今更そんな話をするんだろう……。ウチは……光野家は、家族が皆幸せで……、お姉ちゃんも幸せなのに……。“あの人”は、きっと、幸せじゃないんだね……。――幸せな人は、人の幸せを壊そうとはしないよ……」

 一真は薔薇を十八本分拾うと、エリを見てニコリと笑った。
「これ、貰って行くね。晶香ちゃんに飾ってもらうんだ。あの子は優しいから、花びらが欠けた薔薇だって綺麗に飾ってくれて、花を幸せにしてくれるよ」
 悲しみだけに歪んでいたエリの表情に、微かな温かみが差す。一真はその温度をほんわりと上げた。
「――――僕は、お母さんを信じてるよ」
 涙に濡れた両手が、アイボリーホワイトのエプロンを膝で握る。美春の腕を掴んだ時、娘が小刻みに震えていたことを思い出し、エリはまた涙が出そうになってしまう。
「お姉ちゃんは、動揺して冷静な判断ができなくなっているだけだよ。だって、今更っていう話だろう? お姉ちゃんは確かに、お母さんの若い頃にそっくりなのかもしれないけど、それだけじゃない。お父さんに似ているところだって沢山あるじゃないか。考えてみれば分かることだ、怒ったら信じられないくらいおっかないところなんてそっくりだよ。頭を叩く時のあの平手の角度が絶妙にそっくりなのを知ってる? もぅ、叩かれたものじゃないと分かんないよっ」

 真剣なのにどこかおどけた一真の話し方に、エリは笑いがこみ上げてきた。
 笑っている場合ではないというのに、それでも彼女の肩は微かに揺れてしまう。
「やぁね……、一真ったら……」
 泣き笑いではあったが、それでも笑みを浮かべてくれた母に、一真は安心したようだ。彼は、穏やかな口調で美春の代理を務める。

「お母さん……、僕とお姉ちゃんは、本当の意味で、姉弟だよね?」

 エリは一真と向かい合い、大介に良く似た瞳を見つめ、小さく唇を開いた……。


*****


「何だ何だ、すっぴんだなっ。泣き過ぎだぞ、美春っ」
 まだ涙で潤っている両頬をふにふにと摘まみ、学は軽く笑い声を立てた。
 いつもならば「やめてよー、なにすんのよー、ほっぺたのびるでしょぉー」と可愛い抵抗が見られるところだが、今の美春にはその気力もない。
「まぁ、美春はすっぴんも可愛いからな。化粧っ気がなくても良いんだけど」
 頬から手を離し、学は冷や汗で湿った美春の前髪を指で梳き流す。
「でも、これから会社に出なきゃならないんだから、少し整えないとな」
「……はい……」
 諭す目と口調が、美春から素直な返事を引き出す。実際美春自身が、鏡を見なくても、自分がこのまま人前に出られる状態ではないと分かっているのだ。

 光野家の前で美春を拾った学は、住宅街の入口に建つコンビニの駐車場に車を停め、後部座席で美春を抱き寄せて彼女が落ち着くのを待った。
 しばらく泣きやまなかったのだが、学に背中をさすられ、彼に抱き寄せられた胸の温かさと頼もしさに安心をしたのか、少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。
「髪も乱れているかな何とかしないとな。いっそ一度家へ戻って、シャワーでも使ってくるか」
「でも、仕事が……」
「少しズレてもしょうがないさ。遅れた分は、俺の有能な秘書が調整をつけてくれる」
 学は美春の肩をポンッと叩いた。
「頼むぞ。“俺の秘書”は、美春だろう?」
 鼻の奥がツンっとした刺激に刺される。涙が出てしまいそうな予感を、美春は息を詰めて耐えた。
「はい……」








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